臼田亜浪の俳句
秀句とその鑑賞

         
臼田亜浪aC
雛の眼の遠い空見ておはすなり(昭和10)

 昭和十年、亜浪五十六歳のときの作。この年
 の四月に目黒雅叙園で石楠二十周年記念大会
 を開き、九月には、朝鮮半島、中国大陸への
 約二ヶ月の大旅行に出る。石楠の最も充実し
 ていた頃である。この句の「遠い空」に亜浪
 の内面を読めば、「遠い空」を見ているのは
 、旅人亜浪であり、この口語表現は、新しい
 時代を見ている作者の詩心による。下五の「
 おはすなり」が文語表現であることも、「遠
 い空」を際立たせ、作者の思いを集中させた。
               (高橋信之)


臼田亜浪aD
雲雀落つ谷底の草平らかな(大正5)

空の高みで鳴いていた雲雀は、急に鳴き止んで畑などに降りる、降
りるいうより、落ちる感じだ。この句では、谷底の平らな草の上に
落ちたという。谷底のそれでも平らは草地は、雲雀が降りるのに相
応しく明るく萌えている。山国の雲雀の雲雀らしさが詠まれた句。
                        (高橋正子)


臼田亜浪aE
京都にて
曙や比叡の霞の街へのび(昭和7)

曙に起きたった者の目に、京都の街へ棚引きくる比叡からのびた霞
が、美しいあけぼの景色として、目を洗うように映る。京都の街を
ほどほどに覆う比叡の霞が美しいのである。春の曙は、すでに枕の
草子で有名だが、亜浪は、具体的に延暦寺のある「比叡」を持ち出
し、雲ではなく「霞」と言って、ディーテイルが勝れている。これ
こそが俳句であり、枕の草子とは違う近代の文学なのである。
                        (高橋正子)


臼田亜浪aF
けふは外出の桜むらがる町へ

 昭和五年、亜浪五十一歳のときの作。当時、
 中野西町の石楠書屋に居を構えていたので、
 上野へ出掛けたのであろうか。季語は、「桜
 」に違いないが、それは、この句の主題では
 なく、作者の思いがあって、「桜むらがる」
 に作者独自の自然観を読む。句またがりの破
 調がいい。この句またがりによって、575
 の単純な定型の切れとは違う斬新なリズムを
 生む。音数律では、(けふはそとでの・さく
 らむらがる・まちへ)の773であり、音歩
 律では、(けふは・そと・での・さくら・む
 ら・がる・まちへ)の3223223と畳み
 掛けたテンポとリズムがいい。上五から中七
 への「けふは外出の」と中七から下五への「
 桜むらがる」の破調のリズムは意図的なもの
 ではないが、作者の強い思いを伝えてくれて
 新鮮である。季語の奥に自然観を読み、、十
 七音の定型の中に独自の律動を感じ取る。亜
 浪の句は、言葉が平明だが、有季定型を超え
 ていて、深く、そして広い。(高橋信之)

 
臼田亜浪aG
春風や動くともなき雲一片

春の日、空に一片の雲が、ぽっかりとのどかに浮いて、動くという
ほどは動いていないが、たしかに少し動いている。この微妙な雲の
動きが、いかにも春の雲らしい。上空は、地上で思うより風が吹い
ているので、地上からは、わずかの動きとしか思えない雲であって
も、実際は、大きく動いていることを思えば、上空の風を感じるこ
とができるだろう。               (高橋正子)


臼田亜浪aH
浅間ゆ富士へ春暁の流れ雲(大正10)


臼田亜浪D
死ぬものは死にゆく躑躅燃えてをり

  大正十五年の作。この句に、川本臥風は、
 明らかな「まこと」を見て、芭蕉の「廿年を
 経て古友にあふ」という前書きの付いた「命
 ふたつ中に活たる櫻かな」を読んだ時と同じ
 気持ちになる。亜浪の「まこと」は、「大き
 な、深い人生観が伴った自然感、」つまり、
 「自然を感じる事、自然の意味を讀む事」に
 あって、一生の修行を必要とする「まこと」
 である。          (高橋信之)

          
臼田亜浪E
空へ空へ我れはも昇る青嵐

  大正十五年の作。亜浪四十七歳のときで、
 前年、石楠十周年記念並びに銀婚祝賀俳句大
 会を東京小石川、白山閣にひらく。この頃の
 句は、句集「旅人」に収録され、名句が多い
 。作り手の内面が生き生きとして、独自の律
 動がある。         (高橋信之)

         
臼田亜浪F
するが野や大きな富士が麦の上

  昭和五年の作。亜浪五十一歳のときで、「
 山陰北陸旅上吟」の中の句である。この句に
 は、技巧の全くない良さがあって、それが幸
 いし、作り手の感動がそのまま言葉となって
 一句を完成する。大きな句である。句集「旅
 人」に収録された。(高橋信之)

     
臼田亜浪G
向日葵の大き一つは日に反く

昭和二十一年の作。この年の一月に「石楠」の戦後復刊をするが、
八月には、すて夫人を亡 くす。亜浪の死去は、昭和二十六十一月
十一日 なので、この句は、鼻っ柱の強いところの、そ の片鱗を
  見せているが、亜浪六十七歳、最晩年のときの句である。(高橋信之)


臼田亜浪H
郭公や何処までゆかば人に逢はむ 

この句を口ずさむと、漂白の日々を送る旅人の心がひしひしと胸に
迫ってくる。おそらく 山道をひとり歩いていたのであろう。郭公
が 背に鋭く鳴き続ける。その声は、切れ目があって、はかない一
瞬を強く印象付ける。瞬間 の印象が強ければ強いほど、旅人の長
い道は 、さらに長く果てしないものに思えてくる。この句はまた
、「真」を求めた亜浪の人生の 旅を思い起こし、深い感動を与え
る。大正十三年、亜浪四十五歳のときの句だが、大正三年夏の体験
が十年後の大正十三年に句となった。句集「亜浪句鈔」に収録。
                        (高橋信之)


臼田亜浪
山桑の花白ければ水応ふ

昭和12年、亜浪59歳のときの作。昭和12年は日中戦争が重大
な局面へ展開していく時期で、この年亜浪は事変のニュースに心を
労したとした句を作ってているから、ただ自然に目を向けているだ
けの句ではないのである。信州小諸生まれの亜浪なれば、この句の
「山桑」には、また特別な思いがある。


臼田亜浪
心澄めば怒涛ぞきこゆ夏至の雨/臼田亜浪


臼田亜浪I
ふるさとは山路がかりに秋の暮

亜浪のふるさとは、信州小諸である。山路がかる道を行けば、秋の
暮れが迫っている。そうでなくても早い秋の日暮れに、山路がかり
の道の秋の暮は早い。ふるさとの地を踏んだ懐かしさが、思いを深
いものにしている。               (高橋正子)


臼田亜浪J
雁一聯窓の一角截り去ぬる

 句集「白道」の中の句で、昭和十六年の作。
 昭和十六年といえば、日米開戦の年であった
 が、亜浪は、この年の九月、再び脳溢血の発
 作を起こす。この頃、「石楠」は、昭和初期
 の活力を失っており、その中での秀句である。
 「雁去ぬる」頃の早春の静かな風景を詠んだ
 ものだが、「一角截り」という言葉に作者の
 内面の張りを読む。(高橋信之)

 
臼田亜浪K
木曽路ゆく我れも旅人散る木の葉

 大正九年十一月五日、亜浪四十一歳であった
 。句集「亜浪句鈔」に収録され、亜浪の代表
 作として知られる。旅人亜浪の姿が「散る木
 の葉」によって見事に写し取られた。(高橋信之)


臼田亜浪L
石一つ一つ光りをる霜の月

亜浪らしい句と言えよう。自然を食い入るように観ている視線があ
る。作者の全てを投入しょうとする強い意志を読み取ることが出来
るのである。                  (高橋信之)


臼田亜浪M
足袋裏を向け合うて炉の親子かな

「足袋」は、防寒用のもので、冬の季語。いまは、日常に和服を着る
人が少ないので、防寒用の足袋は、珍しいものとなった。「炉」も冬
の季語で、以前は、ここでの団欒もあったが、いまは、「炉」と言え
ば、茶の湯の「炉」のことで、日常生活で見られることも少なくなっ
た。                       (高橋信之)


臼田亜浪N
野焚火の四五人に空落ちかかる

「空落ちかかる」は、大げさな表現であるが、それが作者にとって
の真実なので、冬の景の核心を捉えた。      (高橋信之)


臼田亜浪O
鵯のそれきり鳴かず雪の暮

神奈川県中津での嘱目吟で、句の成ったその場にはかなりの句作者
がいたというが、この句の鑑賞には、亜浪ひとりきりとしたい。鵯
(ひよどり)の鳴く雪の景と真っ直ぐに向き合うのは、亜浪ひとり
で、作者自身の内面に向けられた思いが深く、静かだ。それきり鳴
かず」と言わしめた「雪の暮」は、しんとしての静かである。単な
る写生でない本質を詠んだ。前書「中津行き」とある大正九年の作
。亜浪四十歳のときで、その年、大須賀乙字が「石楠」を去った。
                        (高橋信之)


臼田亜浪P
火鉢にかざす手の中の我が指の骨

大正12年の作。亜浪四十歳のときで、その年の9月1日、関東大
震災があった。この句は、日常を詠んでリアルな句だが、決して小
さい句ではない。自分という確とした中心がある。 (高橋信之)


臼田亜浪a@
雲雀あがるあがる土踏む足の大きいぞ


臼田亜浪aA
木より木へ通へる風の春浅き


臼田亜浪aB
木の芽の息が青空に立ち昇るなり


臼田亜浪



臼田亜浪



臼田亜浪



臼田亜浪



臼田亜浪



臼田亜浪



臼田亜浪四十五句
吉田園
氷挽く音こきこきと杉間かな(大正5)
枯葉鳴る静かさに居りお元日(大正9)
木曾路ゆく我も旅人散る木の葉(大正9)
河北潟の戻りに
稲田蔽ふ雲冷やかに暮れてゆく(大正9)
楠のふところ明るうなつて朝寒き(大正9)
鵯(ひよどり)のそれきり鳴かす雪の暮(大正9)
浅間山の印象
日も春の浅間根つづる桃桜 (大正10)
炎天の石光る我が眼一ぱいに(大正10)
菱野鉱泉
蒼空のもと秋草の中の我れ(大正10
大浅間ひとり日当る山冬木(大正10)
河鹿の声の水を流るる昼餉かな(大正12)
火鉢にかざす手の中の我が指の骨(大正12)
畳走る追儺の豆の音賑はし(大正13)
かつこうや何処までゆかば人に逢はむ(大正13)
今日も暮るゝ吹雪の底の大日輪(大正13)
本別
宵々に雪踏む旅も半ばなり(大正13)
夕凪ぎや浜蜻蛉につつまれて(大正14)
漕ぎ出でて遠き心や虫の声(大正14)
ふるさとは山路がかりに秋の暮(大正14)
曙や露とくとくと山桜(大正15)
死ぬものは死にゆく躑躅燃えてをり(大正15)
飛行機上にて
空へ空へ我れはも昇る青嵐(大正15)
天竜峡
時雨れむず橋下の水の秋の声(昭和3)
鹿島舟遊
春蝉の声引き潮の音もなく(昭和4)
平泉懐古
夢の世の春は寒かり啼け閑古(昭和4)
葉桜に筑紫の山の風もなや(昭和4)
するが野や大きな富士が麦の上(昭和5)
月山太鼓壇にて
天風や雲雀の声を絶つしばし(昭和5)
雪散るや千曲の川音立ち来り(昭和5)
硝子戸の明るくなりて凧あがる(昭和6)
お祭の店先の西日となりぬ(昭和6)
雲巌寺
木つつきよ叩け寺門の秋深き(昭和6)
そのむかし代々木の月のほととぎす(昭和8)
月となる洞爺の水へ虫通ふ(昭和11)
をどるをどる湯山の月の満つる夜を(昭和11)
居麓荘にて
鵙の子が育つにまかせ明け暮れを(昭和12)
雁一聯窓の一角截り去ぬ(昭和16)
禁煙す夏至の夕べのなど永き(昭和20)
向日葵の大き一つは日に反く(昭和21
雪風の夜をさざめけり人形は(昭和23)


臼田亜浪

凩や雲裏の雲夕焼くる
打水や砂に滲みゆく樹々の影
波来れば立つ巌鳥や秋の風
あげ泥をにじりゐる蜷や野菊咲く
栂風も添ふ山鳴りや霧の中
寒鰍水底の石に喰ひ入りぬ
我が影に家鴨寄り来ぬ水の春
ダリア大輪崩れて雷雨晴れにけり
墓起す一念草をむしるなり
岩床走る水の冷たき崖椿
萱の根の甘さ噛み居る暖かき
潮あとの海月とろけつ昼霞
鳩啼いてひとり旅なる山の麦
夜半の秋魚籠の石首魚鳴くくくと
涸れ沼の芦けぶり居る野焼きかな
畦切れば螻夥し春の水
芦生ふるかぎり潮押す朧かな
雪霞野の萱骨のとげとげし
この沢の真清水の芹誰ぞ摘まむ
苔水を蜂ふくみ去りふくみ去る
鵜の嘴のつひに大鮎をのみ込んだり
残り菜の紫深き雪間かな
舌さらさらといつまで残る茗荷の香
稲田蔽ふ雲冷やかに暮れてゆく
草にひく我が影親し秋夕べ 
大浅間ひとり日当たる山冬木
雨霧らふ若葉の中の椎若葉
鳰鳴くや水も夏なる雲の影
鳴かずなんぬ月浴びさする籠の虫
一ところ風見ゆる山の青葉かな
新涼や夜のはなれゆく浜篝
七夕や灯さぬ舟の見えてゆく
蜻蛉猛し茜濁れる風の空
秋風や影としもなき石の影
闇の空よりちらちらと花散り来たり
石楠花に手を触れしめず霧通ふ
石楠花の山気澄まして暮れゆくか
山清水魂冷ゆるまで掬びけり
誰もゐねば火鉢一つに心寄る
宵々に雪踏む旅も半ばなり
水鳥に風の木華の降ることよ
囀りの一木が日向つくりをり 
夜桜や空の深さに面さらす
花桐の紫はしる雷雨かな
のうぜんの暮れて色なし山の家
夕凪ぎや浜蜻蛉につつまれて
漕ぎ出て遠き心や虫の声
水谺深き夜明けの初音売
もかもかの手袋に手をつかまれし
山の椿小鳥が二つかくれたり
ざうざうと竹は夜を鳴る春山家
ががんぼのもげたる足の本の上
浜道や砂の下なる残り雪
くらきより浪寄せて来る浜納涼
蝙蝠や町の夕べは人くさき
寒い月夜の岩がざぶりと浪浴びて
水のなき川ばかりなる昼霞
干潟遠く雲の光れる暮春かな
夕蛙旅はさびしと誰がいへる
泥棒市のぼそぼそな木も若葉して
駒鳥の声水は常世に碧くして
えにしだの夕べは白き別れかな
若葉曇り夜は梟の啼き合へる
螢ゆく磧の果ての夜の雲
花桐や海は音なく照りまさり
ばらくづれたり師走の畳の上
霜の夜や枝張り合うて楢櫟
陽炎の草に移りし夕べかな
山吹や庭の隅からくらくなる
梅雨荒れの浪に吹かれて浜鶺鴒
山畑の霧やチビ茄子ヘボ胡瓜 
浜浪や秋ゆく草に寄せ返し
人形の顔も夜となる雪の声
山桜白きが上の月夜かな
牡丹崩れぬ手にとつて見るべしや
月涼しわれは山の子浅間の子
沼楓色さす水の古りにけり
夜着の中足がぬくもるまでの我れ
屋根の上に凧来てをりし春の風
三月寒き満州国の出来あがり
牡丹見てをり天日のくらくなる
家をめぐりて今年の夕日おくるなり
鱈ちりの炭の尉たちやすき夜や
良寛さまの山への道よ巣鳥啼き
そのむかし代々木の月のほととぎす
隠沼の夕雲をうつせり枯芦
淡雪や妻がゐぬ日の蒸し鰈
浜撫子恋知り頃の海女にして
草深く道失へる暑さかな
雪虫のゆらゆら肩を越えにけり
春雨のえにしだの素直なる青さ
いるか飛ぶ秋を晴れたる潮路にて
山の声しきりに迫る花竜胆
藻の花に水死の夢を想ひけり
夏雲の伸びて暮れ来ぬ牡蠣筏
月となる洞爺の水に虫通ふ
彼岸花薙がば今もや胸すかむ
野焚火の四五人に空落ちかかる
鉄橋へ春水のかげさわがしき
山桑の花白ければ水応ふ
言問はむ真間の芦洲に啼くげげす
花氷やせて西日の深かりぬ
兵が発つ暮天の燃えの秋ゆくか
寒風の椿の朱唇ただれたり
巣にくだる鷺のもろ羽の碧みさす
風青く鱒の子はやも人に怖づ
繋留気球秋の積雲崩えやらず
カキタセンシス俄に寒き雲わたり
山雷や毛野の青野に人も見えず
山鴬の木魂の深く雪照らふ
秋風や網の小鯛の十ばかり
尾花そよぎ富士は紫紺の翳に聳つ
身延の燈煌々と虫嗄れきりぬ
皇紀二千六百年の天の声
春愁の幻像失せて眠りたり
木蓮に風雨の声の昏くなる
皇道を思念すかまつか火のごとし
涙の眼あぐる秋天鵄かがし
弓杖立たしし地はも秋を陽炎へる
八紘を一宇と宣らす声秋天 
富士ほのと劫火の舌の空ねぶる
山椒魚に真清水今も湧き流れ 
行く雲の心を誘ふ暮の春
浅間見えねばひたに聞き澄む遠郭公
暁のかなかな三日月われをのぞき落つ
うまご泣きやめり桜草日をふくむ
雪まろげ雪にまろびてうまごらは
うまごの耳の敏くなりしよ南風吹く
麻疹児の咳きやまず春尽くる夜や
うてとのらすみことに冬日凛々たり
おほみことかしこ冬天ただに邃し
寒雷や肋骨のごと障子ある
夏萩の花のともしく夕すだれ
コスモスへゆきかまつかへゆき憩ふ
日輪病めり芙蓉の瓣の翳ふかく
日向道とれば木の葉のはらはらす
みいくさはマニラ抜きしよ事始
コレヒドール落つ矢車の雨はじき
讐なせる空母屠りしか若葉光る
空襲なんぞ天兵芽木の空護る
若人がゆくよゆくよと鵙叫ぶ
桜未だしガダルカナルの名を呪ふ
神州の山桜咲く撃ちてしやまむ
アッツ思へば梅雨めく寒さ身を締むる
谷底に田打てる見えて一人なり
雛壇に篁翳をひいて澄む
非時の雪はくれむすでに錆ふかき
残炎の糸芒時にゆらぐのみ
濁流に花かざしゐるよ月見草 
春来たり醜を殲さんときは今 
海いよよさわだち梅雨の雷近し
紅蜀葵ラジオの雷気すさまじき
はやて雲湧くに猛りて山の鵙
敵機去り小菊西日を抱き咲く
バンドの銀は独鈷よ枯れし菊ながら
花散らふ夕風寒し山を前 
眠剤を飲まぬ久しき夜の蛙
ぴほぴぴほぴと木の芽誘ひの雨の鵯
二川光り合へば山鴬声降らす
梅雨気だち薪の渋ると妻が言ふ
蜻蛉追ふ子に坊主雲覗きけり
忍べとのらす御声のくらし蝉しぐれ
刺の道ゆかむとしては虫に哭く
颱風の過ぎし月夜を虫こぞる
にこにこと笑うて暑きこの世去る 
妻病めば目の覚めがちに蚊の声す
頼めなき妻の命よ死蛾見出づ
月澄みて妻のうめきの胸抉る
妻死んで虫の音しげくなりし夜ぞ
妻あらばとぞもふ朝顔赤き咲く
緑雨の夜浅間千曲のまざまざと
鵜一点遠く雪泡寄せ返す
秋風は冷たしと思ひ歩をとどむ
苦笑ひして日が落つる野分なか
鶏頭の倒れて燃ゆるうらがなし
行火抱き撃たれ兎の涙おもふ 
白れむに夕日の金の滴れり 
はずみなき歩みに街の麦黄ばむ
寒戻り雛の眠りも浅からむ
朝顔をつかみ蟷螂雨うかがふ
秋深くなりて不気味な朝焼けす
もの枯るる音のたのしき日向ぼこ
花桐の香や嬌声の路阻む
かなかなに旅人われを思ふ昏し
ともからみして朝顔の雨に耐ふ
夜は寒し浅間の怒り身にひびき 
石楠花のまざまざと夢滅びぬる
西へ西へ吹かれ峯雲の聳ち消ゆる
爪紅を群れめぐる雨の蜆蝶
寒菊の小菊を抱いて今日ありぬ
わが魂を吹きさらすこの寒天ぞ
中だるみせし梅雨のわが七変化
日天やくらくらすなる大向日葵
苦渋いよいよ深し霖雨の芒荒れ
鶏頭しよんぼり落葉時雨の黄昏るる 


インターネット俳句センター