中村草田男の俳句 秀句とその鑑賞
勇気こそ地の塩なれや梅真白
わが背丈以上は空や初雲雀 「わが背丈以上の空」は、文字通りは、作者の立っている地面から 上の、作者を入れての空の意味。人家を離れ来ると、ひろびろと春 の野の広がりに出会う。その野に触れて空があり、一点となった雲 雀が声を空に弾かせている。のけぞって見る初雲雀に、生命賛歌の 高らかな気持ちが胸に広がる。 (高橋正子)
ひた急ぐ犬に合ひけり木の芽道 木々が芽吹く道は、轍のあとや水溜りのくぼみなどがある、土の道 であるのがいい。そこを犬が何の理由か舌を出して荒い息で、ひた すら急いでいる。このような犬に時に出くわすことがあるが、妙に 温みもあってか、ひた急ぐ犬に気持ちを動かすことになる。 (高橋正子)
耕せばうごき憩へばしづかな土 「耕(たがやし)」は春の季語。春になると、冬の間手入れをし ないで置いた田畑や、裏作のあとを片付け耕して、次の植え付け の準備をする。「耕せばうごき」は、耕人や耕牛が掘り返した土 が盛り上がり、崩れ、均されていく様子である。「憩へばしづか な」は、耕すのを止めて憩うときは、土もたいらかにしづかで、 人と土の一体感を感じさせる。「しづかな土」に内面の労からな る憩いがある。 (高橋正子)
町空のつばくらめのみ新しや 草田男の第一句集『長子』の巻頭に置かれた「帰郷」二十八句の 中の一句。前書に「松山城北高石崖にて」とある。九年ぶりの帰 郷に、城下町松山のたたずまいは懐かしく懐旧の思いが様々湧い てきたであろう。そこにつややかな色で自在に飛ぶ燕を見て、「 つばくらめのみ新や」の感嘆となった。南の国の香りを運んでき て生き生きと飛ぶ燕に、青春の憧憬が託されているようである。 (高橋正子)
校塔に鳩多き日や卒業す 校塔は、校舎の中央の塔で時計などがある。この日は、いつもより 多くの鳩が塔の周りを、卒業を祝うように飛び交っている。卒業式 当日の晴れやかな喜びに満ちた句だ。この句を作ったとき草田男は 実際、東京帝国大学を卒業しているが、校塔は具体的なそれを指す のではなく、学校のシンボルとしての校塔と読むべきである。そう でなければ、この童心からのような卒業の喜びは湧かないだろう。 (高橋正子)
夕桜城の石崖裾濃なる 草田男の第一句集『長子』(昭和十一年)所収。帰郷二十八句のう ちの一句で昭和十年作。九年ぶりの松山への帰郷に、目に映るもの が新鮮に、なつかしく思えたに違いない。御影石の城石崖は、桜と 夕べの陰影とが織り交ざり淡く紫に、その裾には夕桜が紫がかって 咲き満ちている。その美しさは、「裾濃」の染めや鎧さながらであ る。光りと色のこまやかな変化が「裾濃」という言葉に新鮮に、や や濃厚な日本の美としてしっかりと捉えられている。(高橋正子)
乙鳥はまぶしき鳥となりにけり 草田男には、この句のほかに、燕を詠んだ句がある。「町空のつば くらめのみ新しや」であるが、この句において「まぶしき鳥」との み形容した草田男は燕に、特別な思いがあるようだ。光にまみれて 颯爽と飛ぶ燕は、南国からの使者として、悦びをもって迎えるのに 相応しい。明るいもの。まぶしいものへの志向が覗える。 (高橋正子)
筍の鋒(きつさき)高し星生る 第一句集『長子』(昭和十一年)所収。筍が長けて背を伸ばすと、 竹の皮を纏いながらもきりりとした竹の印象が強まってくる。その 筍の鋒には、朝には一粒の露を見ることがある。夜には、瞬く星へ 届こうと鋒は、ひとり背丈を伸ばす。筍の鋒も、星も共に小さくも つゆけき命の象徴である。 (高橋正子)
松籟や百日の夏来りけり
思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 昭和十一年刊の第一句集「長子」“夏”に収録。 草田男第一句集『長子』は、昭和4年9月から、昭和11年4月ま でのホトトギス雑詠句を基とし、草樹会其他の句会に於いて虚子 の選を経た句を補い、ほかに20余句自選句を加えて338句を 四季「春・夏・秋・冬」に分けて収めているものである。 句意は、思ひ出も金魚を飼ってある水も蒼を帯びている、という ことなのである。「思ひ出」が何であるか深く立ち入ることも一 つの解釈だろうが、ここでは、句の言語を還元して読みたい。「 思ひ出」が金魚の水を通して「蒼を帯び」て感じられたのである が、ひらひらと華麗に泳ぐ赤い金魚から発想される「思ひ出」に 違いない。「蒼」は、「青」と違って、草の色を表す翳りのある 色である。陰欝さも拭いきれない蒼みを帯びた水に泳ぐ赤い金魚 の生き生きとした様にローマン的な憧れが見える。その一方にあ るそれが蒼みを帯びたものを想起させるには、草田男に深く影響 を与えたドイツの森が象徴するドイツ精神が通奏して感じられる といってもいいだろう。「思ひ出」の内容は、読者が感応するし かないのである。草田男は、もっとも大切なことは、語らぬ人で あるから、語られたものだけが草田男ではないのである。おそら く「思ひ出」は草田男の心それ自体の内部となっていると言って いいかもしれない。この理由は、松山中学時代の友人である伊丹 万作について書かれたものは多くあるが、草田男に精神的に大い なる影響を与えた三歳上の従兄弟、「ニイチェ」を紹介し多大な 精神的影響を与えた、西田幾太郎門下の哲学生であり、哲学論文 『酔歌』を執筆中に自殺した、三土興三について書いたものは少 ない。しかし三土の死は、草田男の内部に深くあり、彼の話にな ると、学園の廊下の立ち話であろうと、涙を禁じえなかったとい うことである。草田男の句は、あくまでも詩としての解釈を要求 しているのであって、この句もその類と言える。(高橋正子)
万緑の中や吾子の歯生えそむる 生命の賛歌であり、生活の賛歌である。止む事なき創造の世界に 生き、絶えず前進する詩人のたくましい魂を草田男に見るであろ う。「万緑」を季語として確立した功績は、草田男にある。 (高橋信之)
咲き切つて薔薇の容(かたち)を越えけるも
田を植ゑるしづかな音へ出でにけり たまたま、田を植えているところに出会った。田植え機もない時代 の田植えは、苗を一さし、一さし植えていく作業だ。位置を変える ために田から足をぬくと、田水の音がする。田の隅からは、水が流 れ入っているだろうが、それも静かである。交わされる言葉も少な れている。「田を植ゑるしづかな音」への親しみが感じられる。 (高橋正子)
玫瑰(はまなす)や今も沖には未来あり
毒消し飲むやわが詩多産の夏来る
母の日や大きな星がやや下位に
「日の丸」が顔にまつはり真赤な夏 戦争に「日の丸」はつきものである。出征兵士を見送るときに振り 、万歳を叫ぶときに掲げる。草田男も学生たちを戦場に送っている 。手に持つ日の丸の旗が風で顔にまつわった。日の丸の旗は、自分 の顔に触れるものになり、直接かかわるものとなった。「真赤な夏 」は、忌まわしく、赤で象徴される、灼熱の戦争の夏と考えてよい だろう。(高橋正子)
蜻蛉行くうしろ姿の大きさよ 『長子』所収。当然頭を前に向けて、透明な羽を張って、最後に胴 体が細くついて行く。これが蜻蛉の後ろ姿であって、その神秘的な までの大きさに驚き、目を見張る。草田男の理解者であり研究者で ある香西照雄が、草田男の「童心的おどろき」と指摘するところで ある。「遊離した先入観」(草田男)を絶った無垢な素朴(ナイー ブ)な目に映った「うしろ姿の大きさよ」である。この「童心的お どろき」は、その後も草田男の詩の源泉となっていて、蜻蛉も周囲 のものも、子どもの目のように同一価値として詠んだのである。象 徴としての蜻蛉を詠んだのであって、事物そのものではない。 (高橋正子)
葡萄食ふ一語一語の如くにて 昭和22年作で、句集「銀河以前」に収録。575の定型の中にあ る、323432といった小刻みなリズムがいい。ぶどうの一粒一 粒を口に入れ、念入りに味わう。そのリズムなのである。一つ一つ の言葉をじっくりと味わう。草田男の詩の言葉である。(高橋信之)
秋の航一大紺円盤の中 虚子は、この句を句集「長子」の冒頭の一文で取り上げ、「印度洋 を航行して居る時」を思い起こしているが、句が大きい。「秋の航 」は、取り立てて珍しい風景ではないが、詩人の眼があり、詩人の 思いがある。詩のある俳句なのである。昭和十一年刊の第一句集「 長子」に収録。 (高橋信之)
遙かにも彼方にありて月の海 『長子』所収。昭和七年作。下五の「月の海」がテーマで、「月の 海」までの措辞が、「遙かにも彼方にありて」である。「も」は強 意。「彼方」も「遙か」と同意である。作者の位置は、遙か向こう に海が望めるところにいる。そこから見晴らす夜の海は、月の光を 受けてありありと海の在り処を教えてくれている。遙かであるので 月光のきらきら差している海ではない。草田男の内面の深さを示す ように鈍色の銀の月の海である。心を遙かに置いてはいるが、遠く にあるものは西洋ロマンチシズムのように憧憬の世界ではないので ある。 (高橋正子)
ふりかへる秋風さやぎ已(すで)にとほし 「ふりかへる」で切る。そのとき秋風がさやさやとさやぎ吹いて、 振り返り見たものは、すでに遠くなっているというのが直接の句意 。「具象から象徴へ」が、俳句であるとした草田男であるが、この 句もその部類の句と言える。例えば、ある街から歩き出て、さやさ やとした秋風を感じながら、思考しながら歩いていると、いつの間 にかずいぶん歩いて来て、気づけばすでに街は遠くなっている。振 り返るもろもろの思いも、秋風のさやぎを抜けて遙かに遠いものと なった。「さやさやとした遠い思い」を汲み取ることが大切だ。 (高橋正子)
其虫の鳴くとき夜風立つかにも
行く馬の背の冬日差運ばるゝ 馬が目の前を通り過ぎて行く。荷を乗せない馬であろう。馬の毛並 みに冬の日があたってつやつやと眩しいほどである。去って行って も馬の背中はつやつやと輝いて、「冬の日差が運ばれる」思いが強 くなる。馬の一定の足取りに歩みの足音さえ聞こえてきそうだ。 (高橋正子)
昃りたるところへ冬日射してくる 移りゆく時の静かな経過は、今が冬であることの時間だ。季語の「 冬日」を的確に捉えた。詩人の眼がいいのは、作者の内面がいいか らだ。 (高橋信之)
白き息はきつゝこちら振返る 誰かを見送りに出たときのことだろう。見送られる人は幾分 遠くまで去って行って、ふと後を振り返ったが、振り返りざ まに、その人の吐く息が白くはっきりと見えた。白い息に人 間の温もりがあり、その人との繋がりに、別れがたいような 気持ちさえ湧いている。暖房の行き届かなかった時代、白息 に冬の厳しさと人間の温みが感じ取れる。 (高橋正子)
あたゝかき十一月もすみにけり 草田男にとっての俳句は、すべてを明らかにする。この年の「十一 月」を明らかにした。そして、何よりも作者自身の心を明らかにし たのである。 (高橋信之)
鴨渡る鍵も小さき旅カバン 旅カバンの鍵が目に付くのはどんなときかと想像する。旅の車中で あろうか。膝に載せている小さな旅カバンに、鍵が付いているが、 それもカバンに合わせて小さい鍵である。過ぎ行く遠い空を見れば 鴨が渡っている。旅カバンは大事に、膝にかすぐ傍にか置かれて分 身のような存在。渡る鴨に心を寄せながらも、本心は旅カバンから 離れない。旅カバンには草田男自身の温みがある。(高橋正子)
白足袋のチラチラとして線路越ゆ 写生句としては、特に目新しいものではないが、作者の心の強い動 きが中七の「チラチラとして」に読み取れ、草田男らしい句である 。「白足袋」は、夏にも見かけるが、「足袋」は、冬の季語。 (高橋信之)
冬の水一枝の影も欺かず 「一枝の影も欺かず」というのは、「冬の水」であって、また詩の 心でもある。詩人草田男の内面の深い世界であって、詩人の心は、 欺いてはならない。草田男の詩人としての厳しい姿勢を、この句に 読み取ることが出来て、嬉しい。昭和十一年刊の第一句集「長子」 に収録。 (高橋信之)
冬空をいま青く塗る画家羨(とも)し なにか晴れきらぬ思いを持って、親しい画家を訪ねていったと きのことだろう。画家の筆の運びを寡黙に見守っていると、画 家は冬空を青い色で塗り始めた。冬空を青く塗る画家の心境を 羨ましく思った。草田男の思いは仕舞われ、二人の会話は別の 話になった印象である。 (高橋正子)
図書室留守番 書を読むや冷たき鍵を文鎮に 図書室の留守番前書きにある。図書室にだれも来ない時間は 書を読むのにいい時間だろう。図書室の留守番の責任者とし て鍵をもっているが、どこへ掛けて置くでもなく、手元に置 いている。すぐ司書係の教師がもどってくるからでもあろう が、木札などの付いた学校の鍵は書を読むときの文鎮として 丁度よい。草田男の文学者らしい一面をありありと読み取る ことができる。このような鍵の持ち方を見ると、普段は、つ い鍵の置き場所を忘れるのではないかとも思ってしまう。 (高橋正子)
年頭躍筆墨条のみの白馬の図 正月の床を飾るに相応しく、健康で、力強い句である。俳句 の短い詩形、それに白と黒の単純さを生かした。俳句のよさ である。 (高橋信之)
降る雪や明治は遠くなりにけり 俳壇以外でも、よく知られている俳句で、「明治」への感慨 に多くの人々の共感を得た。俳句としてのよさは、切れ字の 「や」の使い方にあって、「降る雪」に詩が生まれた。 (高橋信之)