詩のある句集 ■川本臥風句集・中村草田男句集・西垣脩句集■
秋の航一大紺円盤の中 草田男
虚子は、この句を句集の冒頭の一文で取り上げ、「印 度洋を航行して居る時」を思い起こしているが、句が大 きい。「秋の航」は、取り立てて珍しい風景ではないが 、詩人の眼があり、詩人の思いがある。詩のある俳句な のである。
冬の水一枝の影も欺かず 草田男
「一枝の影も欺かず」というのは、「冬の水」であっ
て、また詩の心でもある。詩人草田男の内面の深い世界
であって、詩人の心は、欺いてはならない。草田男の詩
人としての厳しい姿勢を、この句に読み取ることが出来
て、嬉しい。
川本臥風は、旧制松山高校教授で、草田男にドイツ語
を教えた。草田男の第一句集「長子」をいち早く世に紹
介したのは、松山高校俳句会の雑誌「星丘」であり、そ
の編集発行人が川本臥風であった。「星丘」第四十号は
、長子特集号で、「長子」出版翌年の昭和十二年六月の
発行で、歌人の斎藤茂吉、俳人の臼田亜浪、日野草城、
水原秋櫻子、吉岡禪寺堂等の著名人が寄稿し、「長子」
の重要な資料となった。
川本臥風の「雪嶺」は、最晩年の句集で、学問と俳句
の教え子であった私に、編集、出版のすべてが任された
。一九八三年四月一日の刊行である。
半面に紅刷きふきのとうの球みどり 臥風
花ござの藺の香芬々たる上に 〃
葦原に蜻蛉の生れ青い太陽 〃
年老いても詩人の感覚は衰えていない。滞るところが
ないのである。旧制松山高校での教え子であった詩人西
垣脩は、そこのところを語って、「どんな意味でも先生
の作品には野心的な味がまるでない。しかし先生の世界
からまさに流露しているという意味で、独自のかけがえ
のない芸術的香気が歴然とある。それが、今日ではむし
ろ僕たちを元気づけてくれる。自分の生の問題と結びつ
けて所謂主体的に句作するところに現代俳句の特徴があ
るのだそうだからである。」と指摘する。
西垣脩の「西垣脩句集」は、没後一周忌を迎える一九
七九年六月二十五日に角川書店から発行されたものであ
る。
生牡蠣の胸を落ちゆくさみしさ堪ふ 脩
一九五三年の作であるが、この年の三月に旧制住吉中 学時代の恩師で、詩人の伊東静雄を亡くした。脩の作品 は、詩人伊東静雄と俳人川本臥風の影響が大きい。詩が あって、野心的な味がまるでないのである。そして、自 分の生の問題と結びつけて所謂主体的に句作している。
麦笛を吹き帰城せり皆死なず 脩
鶏頭のいのちいちづに燃えもはてむ 〃
これら二句は、旧制松山高校時代のもので、「麦笛」
の句は、松山高校宣撫班の一員として中国華北の前線を
巡っていたときの、脩十代の作であるが、完成度が高く
、戦場での人間性を感じる。詩人としての人間性である
。「鶏頭」の句は、「生牡蠣」に共通する詩人特有の詩
情があって、私を強く惹き付ける。
私の座右にあるのは、いずれも「詩のある句集」で、
そこから多くのことを、俳人としての、そして人間とし
ての在り方を学んだが、今の時代に持て囃されるのは、
「俳があって、詩のない俳句」である。この時代の流れ
を作ったのは、評論家山本健吉であろうかと思う。詩人
よりも、評論家に時代の関心が寄せられてしまったので
ある。時代は必ず変わるであろう。時代が変われば、私
の座右にある、あるいは、これからの時代の「詩のある
句集」に多くの人々の関心が寄せられることは、間違い
ないものと思う。(2000年12月4日/高橋信之)