トーマス・マンは,創作の技巧として,モティーフの反復と変奏を頻繁に用いている。晩年の長編小説である「ファウスト博士」においても,多くのモティーフが反復変奏されている。そのなかで特に目を引き,作品の根本イデーを解明する主要なモティーフとなっているのは,デーモン的なものである。「ファウスト博士」は,デーモン的なものを物語っている。存在は確がに認められるが,実体は神秘的なヴェールに包まれているデーモン的なものである。現代のファウストである天才的作曲家,アードリアン・レーヴァキューンは,デーモン的なものに取り憑かれて,一旦は称揚され,やがて暗黒の世界へ破滅して行く。人問を超えた恐ろしい力が,秩序ある地上の生活を否定し,陶酔と霊感の境地ヘ,根源的なカオスの世界へ駆りたてる。デーモン的なものは,生の根源的な創造力を与
えるとともに,また悲劇をも導くのである。
作中デーモン的なものが特に目を引くのは,何よりもまず,Das Daemonischeという言葉として,頻繁に反復使用されているからである。またDaemon,Daemonie,Daemonologieという言葉に変えられ,繰り返し用いている。「ブデンブローク家の人々」「魔の山」「ョーゼフとその兄弟たち」などでは,確かに主要な形象にデーモン的なものが感じられるが,言葉としては殆ど使用されていない。「フ
ァウスト博士」においては,Das Daemonischeという言葉の反復と変奏が,創作の技巧として取りあげられ,主要なモティーフを繰り返し印象づけているのである。
デーモン的なもの──この言葉は,古代ギリシャの神話的宗教的観念以来今日に至るまで,実に様様に意味づけられ,また解釈されている。トーマス・マンの「ファウスト博士」では,自然的,本能的なものであるとともに,非理性的,非理論的なものである。アードリアンの伝記作者で,フマニストのゼレヌスは,デーモン的なものの説明として,次のような言葉を語っている。
−das Untheoretische,das Vitale,der Wille oder Trieb,kurz ebenfals das Daemonische−@
またゼレヌスは,デーモン的なものを,フマニストの自分とは全然異質なものであると感じ,白分の世界像がら排除している。
Das Daemonische,so wenig ich mir herausnehme,seinen Einfluss auf das Menschenleben zu leugnen,habe ich jederzeit als entschieden wesensfremd empfunden,es instnktiv aus meinem Weltbilde ausgeschaltet−A
従ってデーモン的なものは,二つの意味をもつ。まず自然の本性にある,人問の根源的なものという意味である。第二に,理性に反する非人間的なものである。この意味をゼレヌスは人問文化について語りながら明確にする。
−und oft habe ich spaeter meinen Primanern vom Katheder herab erklaert,dass Kultur recht eigentlich die fromme und ordnende,ich moechte sagen beguetigende Einbeziehung des Naechtig‐Ungeheueren in den Kultus def Goetter ist.B
人問文化が,本来暗黒な恐ろしいものであるということは,暗黒の恐ろしいもの,つまりデーモン的なものが,人問的なものと無関係でなく、人問的なものの原始状態であり,根源的なものであることを説明している。また,デーモン的なものが秩序を与えつつ神々の礼拝に移って行くということは,デーモン的なものが,秩序づけの行為を失うと自己の存在を主張することがでさ,無秩序の状態にとどまることを説明している。デーモン的なものとは,人問の根源的なものであり,また無秩序の状態でもある。
デーモン的なものがもつ二つの意味は,またトーマス・マンのLieblingsgottheitであるへルメスCを考察することによって明確にされる。ヘルメスは,「ヴェニスに死す」に始まり,「魔の山」「ヨーゼフとその兄弟たち」などマンの主要な作品には,必ず姿をみせている。「ヴェニスに死す」では,魂の導さ手として作家のアッシェンバッハを旅に出し,黄泉の国へ導く旅人風の男に姿を変えてあらわれている。D「魔の山」では,スコラ哲学者のナフタは,ヘルメスを魂の案内者で死と死者の神であると述べ,フマニストのゼテムブリー二は,文字の発明神,学芸商業弁論の神であると議論をしている。カストルプ青年は,国家統治の術を教えるものであると意見を述べている。E「ヨーゼフとその兄弟たち」では,エジプト生まれのトトの姿をとり,神の言葉の書記,ものを書く人々の保護者,智慧と秩序の神である。F
ヘルメスは,マンの作品系列における初期の作品では,主に魂の導き手として黄泉の国と人間の世界との仲立ちをしている。けれども,この仲介の意味や性格は明確でない。後期の作品,特に「ヨーゼフとその兄弟たち」において初めて,言葉や智慧の神として仲介の働きを明確にする。ヘルメスは,言葉をたくみにあやつり,デーモン的なものと人間とのあいだを取りもつのである。
「ヨーゼフとその兄弟たち」は,序章の表題であるHoellenfahrtが示すように,読者をデーモン的な世界へ導き,更に人間の世界へ連れもどす。この長編小説は,たくみに言葉をあやつるパロディー的文章で,デーモン的なものと人間とのあいだを取りもつ。また主人公の∃一ゼフは,ヘルメスの精神を身につけたへルメス自身ともいえる人物である。ヨーゼフは,ヘルメスが姿をかえた道案内人に導かれて,デーモン的な世界ヘ下って行く。陰惨な黄泉の国と呼ばれるエジプトヘ下って行く。黄泉の国,恐怖の国を意味する牢獄のなかへも転落する。しかし許されて,牢獄からでてくる。その上,養い人と呼ばれ,国王ファラオと並ぶ高貴な地位を与えられる。黄泉の国であるエジプトから,父ヤーコブの許に戻ることもできるのである。
このようにデーモン的な世界と人間的な世界とのあいだを出入りすることがでさたのは,ヘルメスの案内によるのである。ヨーゼフは,道案内人で仲立ちの神,ヘルメスについて次のように語っている。
Es mag sein,es ist moeglich und nicht ganz von der Hand zu weisen,man muss dami t rechnen,dass der Gewandte zugegen ist und Pharao an sich gemahnen will,naemlich,dass er es war,der ihm Traeume zufuehrte von unten herauf an sein Koenigslager,und der auch ein Fuehrer hinab ist bei a11er Heiterkeit,des Mondes Freund und der Toten.Ein freundlich Wort legt er beim Oberen ein fuers Untere und beim Unteren fuer das Obere,der verbindliche Mittler zwischen Himmel und Erde.G
ヘルメスが天上と下界とのあいだを取りなすということは,また万有を統一する理性とデーモン的なものとのあいだを取りもつことである。ヨーゼフがデーモン的な世界と理性の世界とのあいだを出入りできたのは,ヘルメスの仲立ちによるのである。
ところで,ヨーゼフが落ち込んだ工ジプトの国は,死者の国,黄泉の国,陰惨な地下の国と呼ばれるデーモン的な世界であり,そこでは根源的な過去への奉仕が行われている。
Er erinnerte sich der streng tendenzioesen Schilderungen,mit denen Jaakob auch ihm dies Land unleidlich zu machen gesucht hatte,das er,ohne wirkliche Anschauung davon zu besitzen,im Lichte feindlich‐greuelhafter Prinzipien,des Vergangenheitsdienstes,der Buulschaft mit dem Tode,der Unempfindlichkeit fuer die Suende sah.H
だが,自然は複雑きわまるものであって,それは,自然を解明する人間の知識が無限に
複雑になっていくことによっても明きらかである。デーモン的なものもまた,複雑怪奇であって,この複雑さのために統一を失い混乱に落ち入る。複雑さに統一を与え混乱を防ぐために,制御する力が必要なのである。その役を果たすのが,言葉による秩序づけである。この秩序によって,ヨーゼフの場合,複雑なデーモン的なものから単純な理性へ向かうことができたのである。
仲立ちの神であるヘルメスは,言葉,知慧,秩序の神として,その性格を明確にする。この神の働きは,言葉,智慧,秩序に及ぶ。ヨーゼフは,言葉による秩序づけによって,人間の世界へ戻る。ヨーゼフの言葉は,ファラオが不可解な夢に悩まされているとき,明解な夢解きを与えてファラオを助けるのである。言葉は,不可解な,茫漠とした夢に秩序を与え,明解な説明をする。その功によって,ヨーゼフは,罪を許され牢獄がらでてくる。デーモン的な世界からでてくるのである。従って秩序を失うと,デーモン的なものから離れることが不可能であり,デーモン的なもののとりことなる。即ち,デーモン的なものは,制御されずに自己の存在を主張する。デーモン的なものが,一方では自然的根源的なものであり,他方では非理性的無秩序なものであることを,ヘルメスによって明きらかにするのである。
この無秩序で根源的なデーモン的なものに取り憑かれて,アードリアンは,一旦は称揚
され,やがて暗黒の世界へ破滅して行く。根源的なものは,異常なほどの創造力を与え,陶酔と霊感の境地ヘ,カオスの世界へ駆りたてる。無秩序なものは,複雑と混乱ヘ,悲劇的狂気へ落し入れる。「ファウスト博士」におけるデーモン的なものは,悲劇的破局を導くのである。
ところで,デーモン的なものは,決して具体的な事物を示すものでない。存在は認められるが,実体は神秘的で抽象的である。従って,常に具体的形象に付随してあらわれてくろ。「ファウスト博士」におけるデーモン的なものは,アードリアンの天才的素質にあらわれている。語り手のゼレヌスは,アードリアンの生涯の語り始めに,天才について次のように述べている。
Und doch ist nicht zu leugnen und ist nie geleugnet worden,dass an dieser strahlenden Sphaere das Daemonische und Widervernuenftige einen beunruhigenden Anteil hat,dass immer eine leises Grauen erweckende Verbindung besteht zwischen ihr und dem unteren Reich,und dass eben darum die versichernden epitheta,die ich ihr beizulegen versuchte,≫ede1≪,≫human‐gesund≪und≫harmonisch≪,nicht recht darauf passen wo11en,I
アードリアンの天才的頭脳には,驕慢さが付随している。驕慢な心は,すでに幼少のころ神秘的印象の深いことに出会うと,嘲笑的な高笑いをたてるのである。この高笑いには,あたりに不安を呼びおこす何か人間的でないもの,デーモン的なものが感じられる。また驕慢さは,心の冷たさ,人間的な暖みを失った冷たさをたえず漂わせている。
アードリアンの心の冷たさは,また価値観においても,冷たく批判的な態度をとる。音楽の荘重なクライマックスにおいても,冷たく批判的である。アードリアンは嘲笑的な高笑いをたてるのである。
−ich habe vielleicht zugleich Traenen in den Augen,aber der Lachreiz ist uebermachtig,−ich habe verdammter Weise von jeher bei den geheimnisvoll‐eindrucksvollsten erscheinungen lachen muessen und bin von diesem uebertriebenen Sinn fuer das Komische in die Theologie geflohen,in der Hoffnung,dass sie dem Kitzel Ruhe gebieten werde,−um dann eine Menge entsetzlicher Komik in ihr zu finden.Warum muessen fast alle Dinge mir als ihre eigene Parodie erscheinen?Warum muess es mir vorkommen,als ob fast a11e,nein,a11e Mittelund Konvenienzen der Kunst heute nur noch zur Parodie taugten?J
批判的な態度は,芸術のすべての手段や慣習が,古典的伝統的なものが,今日ではもはやパロディーにしか役立たなくなったと考える。芸術の手段が,歴史的に使い古され,用いつくされたということに退屈している。古典的伝統的なものは,人間文化の長い歴史のなかで,秩序づけられ,統一を保ってきたものである。ところが,批判的な態度は,秩序と統一を分解し寸断してしまう。複雑化し混乱に落し入れる。この無秩序と,混乱を引きおこすアードリアンの天才と,その驕慢な心とにデーモン的なものがからみついているのである。
伝統的なものに退屈したアードリアンは,新しい道を追求せざるをえない。新しい道とは,もちろん古典的なものでも,またパロディー的もじりでもない。古代的なもので,かつて誰も経験したことのないもの,つまり根源的原初的なものである。アードリアンは,原初的なものを求めてオラトリオ黙示録を作曲する。この曲は,グリサンドつまり不気味にすべるように高くなるグリサンドを多く用いている。祭壇の四つの声が四人の死の天使の解放を命ずる箇所で,トロンボーンのグリサンドがすざましい叫びをあげる。また第七の封印を解き太陽が黒くなり月が赤くなるとき,人間の声がグリサンドをやってのける。グリサンドは,原始的前音楽的時代からの野蛮な痕跡である。いくつかの度を飛びこえるすざましい叫び声の痕跡なのである。従って,特にグリサンドをしばしば用いたということは,前音楽的時代つまり原始状態への復帰をあらわしている。
Aber das Markerschuetterndste ist die Anwendung des≫Glissando≪auf die menschliche Stimme,die doch das erste Objekt der Tonordnung und der Befreiung aus dem Urzustande des durch die Stufen gezogenen Heulens wa,−die Rueckkehr also in diesen Urstand,wie der Chor der≫Apokalypse≪sie bei Loesung des siebenten Siegels,dem Schwarzwerden der Sonne,dem Verbluten des Mondes,dem Kentern der Schiffe in der Rolle schreiender Menschen grausig vollzieht.K
また作品全体は,パラドックス,つまり価値の顛倒に支配されて,混乱に落ち入っている。不協和音が,すべての高いもの,敬虔なものを表現しており,一方協和音的なものが,地獄の世界に関係しているのである。
−das ganze Werk ist von dem Paradoxon beherrscht(wenn es ein Paradoxon ist),dass die Dissonanz darin fuer den Ausdruck alles Hohen,Ernsten,Frommen,Geistigen steht,waehrend das Harmonische und Tonale der Welt der Hoelle,in diesem Zusammenhang also einer Welt der Banalitaet und des Gemeinplatzes,vorbehalten ist.L
このことは,グリサンドが秩序を無視した原始人の叫び声の名残りであることと並んで,秩序を無視しているのである。この作品は,根源的なものをあらわすとともに,秩序を
無視するものであり,そこにデーモン的なものの存在が認められるのである。
ところで,アードリアンは根源的なものを求めたが,これを獲得するのは,まともな状態では到底不可能なのである。アードリアンは、明敏な頭脳という天才的才能にはめぐまれていたが,実は余りにも冷たく,批判的て,無力に落入っている。そこで,無力を克服し力強い創造力を得ろために,異常な状態に身を任せた。それは,天才を生む創造的な病気である。
オラトリオ黙示録を作曲するとき,アードリアンの健康状態はひどく異常である。病気の重圧と精神の昂揚とが交錯する。頭痛はえぐるように激しく,胃潰湯のような症状をともなっている。その病いがおさまると,精神がフェニックスのように昂揚して,創造の最高の自由と驚嘆すべき力を得る。この沈欝と昂揚との交錯は,エスメラルダの蝶という
女からもらった病毒が上の脳へ転移してきて,脳細胞が犯された結果である。
−begabt genug,sich an seiner Lahmheit zu aergern und sie auf Teufel komm raus durch Illumination zu ueberkommen.Du,mein Lieber,hast wohl gewusst,was dir fehlte,und bist recht in der Art geblieben,als du deine Reise tatest und dir,salva venia,die lieben Franzosen holtest.M
病毒に犯された脳,精神の沈欝と昴揚との交錯,この異常な状態は,もちろん肉体組織の分解であり,秩序の崩壊である。精神の驕慢さに認められたデーモン的なものは,肉体の病気にも明きらかに認められる。デーモン的なものに取り憑かれた病気は,天才的才能に力を与え,創造の昂揚をもたらすのである。
しかし,アードリアンの脳に病毒を受け入れたということ,つまりデーモン的なものに取り憑かれたということは,すでに,アードリアンが破局的終末に落ち込むことを予告している。頭痛とはき気は一時おさまり,創造の昂揚がやってくるが,この昂揚は,臨床的にいえば,オイフォリー,つまり崩壊を前にしての典型的な小康状態なのである。オイフォリーによる創造の昂揚は,やがて破局的終末をむかえなければならない。恍惚の境地か
ら,自己破滅へ落ち込む。まもなく,アードリアンは,麻痺性震盪で卒倒し,発狂という暗黒の世界へ転落する。精神の驕慢さと肉体の病気に取り憑いたデーモン的なものは,無秩序で根源的な世界のなかで悲劇を導くのである。アードリアンは,人問的なものを離れ,人間的なものを超えて,陶酔と霊感の境地ヘ,根源的な世界へ駆りたてられるとともに,苦痛と狂気の世界ヘ,悲劇的破局へ転落するのである。
この無秩序で根源的なものが引きおこした悲劇を,アードリアン自身,精神錯乱の直前に,最後の言葉として語っている。
Ja und ja,liebe Gese11en,dass die Kunst stockt und zu schwer worden ist und sich selbsten verhoehnt,dass a11es zu schwer worden ist und Gottes armer Mensch nicht mehr aus und ein weiss in seiner Not,das ist wohl Schuld der Zeit.Laedt aber einer den Teufel zu Gast um darueber hinweg und zum Durchbruch zu kommen,der zeiht seine Seel und nimmt die Schuld der Zeit auf den eigenen Hals,dass er verdammt ist. Denn es heisst:Seid nuechtern und wachet! Das aber ist manches Sache nicht,sondern,statt klug zu sorgen,was vonnoeten auf Erden,damit es dort besser werde,und besonnen dazu zu tun,dass unter den Menschen solche Ordnung sich herste11e,die dem schoenen Werk wieder Lebensgrund und ein redlich Hineinpassen bereiten,laueft wohl der Mensch hinter die Schul und bricht aus in hoenische Trunkenheit:so gibt er sein Seel daran und kommt auf den Scindwasen.N
ところで,アードリアンの悲劇を導いたデーモン的なものは,すでに度々指摘したように,根源的なものであるとともに無秩序なものである。従って,デーモン的なものに取り憑かれて悲劇的破局に落ち込んだということは,調和の秩序を失ったということでもある。秩序は,ヘルメスによれば,言葉と深い関係をもっている。言葉は,決して根源的なもの,実質的なものではない。存在しているものを伝達するために用いる手段であり,他に存在
する本質的なものの名称にすぎない。言葉を創造した神であるヘルメスが,使いの神,案内の神であることからも,言葉が根源的なものでないことは,理解できるのである。
言葉と深い関係をもち,言葉によって生みだされた秩序もまた根源的なものでなく,単なる手段にすぎない。従って秩序はGleichnisでもある。比喩であり,似姿である。決して本源的なものではない。また演技的な要素をもっている。芸のあそびとも言えるのである。
天才的音楽家のアードリアンが,デーモン的なものに取り憑かれ,秩序を失ったのは,従って演技的な要素をもち,ばかばかしいあそびであろGleichnisを拒否したからである。アードリアンが,デーモン的なものにからみつかれて,狂気の世界へ転落したのは,Gleichnisであり,演技的要素をもつあそびを拒否し,根源的で原始的なものに身を任せてしまったからである。デーモン的なものは,Gleichnisであるヘルメスの言葉や秩序を拒否するものである。こうしたデーモン的なものを,「ファウスト博士」は物語っているのである。
もちろん,「ファウスト博士」以外の多くの作品においても,小さなモティーフとしてデーモン的なものを取り扱っている。「ブデンブローク家の人々」では,daemonische Erscheinungであるブローカーのゴッシュという人物に。O「魔の山」では,デーモンの影響を受けている山の療養所の精神状態,特に無感覚とヒステリーに。P「ョーゼフとその兄弟たち」では,工ジプトにおける過去への奉仕に。Q「詐欺師フェーリクス・クルルの告自」においても,スペイン闘牛の殺戮に,Rそれぞれ認めることができる。
トーマス・マンの作品を深く読めば,必ずデーモン的なものをみることができるが,しかし,どの作品を取りあげてみても主要な役割は演じておらず,漠とした感じを与えてい
るにすぎない。というのは,切迫した真剣なデーモン的なものが,たえず芸術的なあそびであるイロニーや,高級なパロディーによってやわらげられているからである。それに反し,ただ「ファウスト博士」だけが,Das Daemonischeという言葉を頻繁に使用しながら,デーモン的なものを,主要なモティーフとして激しく前景にだしている。こうした意味で,「ファウスト博士」は,マンの作品系列において待異な存在である。従って,この作品は特殊な事惰のもとで成立したと考えられる。それは,トーマス・マンの戦争体験である。第二次世界大戦におけるナチとの戦いである。絶望的危機に落入った時代体験である。マンは,フマニストのゼレススを通し,この長編小説の結びで次のように語る。
Deutschland,die Wangen hekhsch geroetet,taumelte dazumal auf der Hoehe wuester Triumphe,im Begriffe.die Welt zu gewinnen kraft des einen Vertrages,den es zu halten gesonnen war,und den es mit seinem Blute gezeichnet hatte.Heute stuerzt es,von Doemonen umschlungen,ueber einem Auge die Hand und mit den andern ins Grauen starrend,hinab von Verzweiflung zu Verzweiflung.Wann wird es des Schlundes Grund erreichen? Wann wird aus letzter Hoffnungslosigkeit,ein Wunder,das ueber den Glauben geht,das Licht der Hoffnug tagen? Ein einsamer Mann faltet seine Haende und spricht:Gott sei euerer armen Seele gnaedig,mein Freund,mein Vaterland.S
この悲劇的時代が,「ファウスト博士」を特異な存在にしている。過激な真剣な切迫し
た周囲の状況は,「ヨーゼフとその兄弟たち」にみられるような,芸術的あそびであるイロニーや高級なパロディーの余地を多くあけることができない。デーモン的なものをやわらげることができないのである。
1943年,第二次世界大戦のさなかに書き始められたトーマス・マンの「ファウスト博士」は,デーモン的なものを物語っている。デーモン的なものは,根源的な,原初的な,野蛮なものであり,秩序を無視したものである。Gleichnisであり,あそびであ
るヘルメスの言葉や秩序を拒否するものである。天才的音楽家,アードリアン・レーヴァキューンは,デーモン的なものに取り憑かれ,一旦は称揚されたが,やがて暗黒の世界へ破滅して行ったのである。
註
@Doktor Faustus,S.Fischer 1956,S.122
Aebd.S.10
Bebd.S.17
CThomas Mann‐Karl Kerenyi:Gespraech in Briefen,Rhein‐Verlag 1960,S.51
DEfzaehlungen,B.Fischer l948,S.441
EGesammelte Werke in 10Bde.S.Fischer 1925,Bd.7,S.305
FJoseph und seine Brueder,S.Fischer1952,S.29,S.889
Gebd.S.1628
Hebd.S.763f.
IDoktor Eaustus,S.Fischer 1956,S.11
Jebd.S.179
Kebd.S.497
Lebd.S.498
Mebd.S.305
Nebd.S.662
OGesammelte Werke in 10Bde.Bd.2,S.263
Pebd.Bd.7,S.482,S.573
Q註11参照
RBekenntnisse des Hochstaplers Felix Krull,S.Fischerl954,S.430ff.
SDoktor Faustus,S.Fischer 1956,S.6
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