徳永民平と山本耕一路 

                    
 愛媛の現代詩を半世紀の長きに渡って支えてきた人に香川紘子、そして図子 英雄がいる。詩としての言葉を磨き、文学としてのスタイルを確立した。徳永民 平と山本耕一路の名も忘れてはなるまい。詩人である以前の人間としての魅力あ ふれる詩を書き続けてきた。 徳永民平(とくながみんぺい)、本名・弥生、大 正十四年(1925)二月二十日松山生まれ、が愛媛出版文化賞(愛媛新聞社)を受賞 したのは、詩集『あさきゆめみし』による。この書は、1990年に発刊され、詩人 にとっての第六詩集となった。 詩集『あさきゆめみし』冒頭の「母の星」、そ れに続く「うぶごえ」は、詩人の生の始まりを明かしてくれる。昭和生活譚と副 題の打たれた四編の詩は、戦争の時代を生きぬいてきた詩人の心の在りようを語 ってくれる。       

 イエス・キリストとの出会いは いのち との出会い
 赤紙との出会いは 死 との出会い

 これは、「ゆめのしみ「「昭和生活譚「「」のなかの二行だが、人間の生の重さ を見せる。逝ってしまった人達、会田綱雄、高階重紀、青井保夫、松崎勉に捧げ る詩も、虚としての詩にリアリティーを与えて重い。『あさきゆめみし』、この 一冊の詩集は、戦争の時代を背負って生きた詩人の生涯を語るが、その言葉その ものは決して重いものではなく、むしろ現代詩としては平易であると言ってよい 。それだからこそ、この詩集は、「生きている喜びと、これから生きてゆく活力 を吹き込んでくれます。」(洋画家徳本立憲)と言えるのであろう。詩の読み手 に、こうした「励まし」を与える徳永民平の精神生活がキリスト教信徒としての ものであることは、聖書からの引用が多いことからも解るが、詩人の人間らしい 「やさしさ」は、生来のものであると思われる。それは、息遣いの聞こえてくる 詩のリズムから容易に理解できるであろう。           

 おまえが逝ったのは はる
 ぽかぽかした窓辺に
 菜の花の匂いが とんでくる
 ゆめのなか        

 ヨーロッパ旅行で得た「パリの朝」など一連の詩も、詩人の詩的世界をひと まわり大きくした。現実からの言葉の引用は、詩人の詩的世界にリアリティーを 与えている。 山本耕一路(やまもとこういちろ)は、本名信、明治三十九年(1906) 十二月八日松山に生まれる。少年時代を子規の正宗寺で育った。伯父がそこの住 職をしていたという縁からである。その生活が修業となって、詩人の精神生活に 大きな影響を与えたことに間違いない。正しい宗教で育った「人間らしさ」、キ リスト教と仏教との違いはあるが、これこそが徳永民平と山本耕一路との詩に共 通してある強さと思う。 山本耕一路の新しい詩集『いい風に吹かれて』がこの 三月に発刊、その後記は、詩人が自らを語り、その人生を垣間見せる。香川紘子 、片岡文雄、図子英雄、徳永民平、堀内統義、小松流蛍、浅海道子、そして森原 直子等の詩人に囲まれ、「いい風」に吹かれている。仲間達が励まし、励まされ ている詩人の人生である。  第十八回小熊秀雄賞受賞は、山本耕一路全詩集(1984 )によって得た。「自転車になった男」は、その代表作のひとつで、人間らしい 独自の「ユーモア」があって、詩集を際立たせている。  徳永民平と山本耕一 路の詩集の他にも、愛媛の詩を代表する多くの詩集があるので、以下に列記する 。これらはすべて私の許に送られてきた詩集である。香川紘子全詩集、図子英雄 『阿蘇夢幻』、三木昇『氷化』、芥川義男『冬春・夏秋』、堀内統義『夜の舟』 、竹内英世『朱夏』、加藤明生『ピュティアのための詩編』、神尾和寿『神聖で ある』、みもとけいこ『フロッタージュ』、森原直子『花入れの条件』。森孝明 訳『メーリケ詩集』もある。