俳句と私/碇 英一

学生時代、旧制松山高等学校で川本臥風先生のもとで俳句をされた久山康 先生が主宰をされた読書会に属しており、先生の著書で俳句のことや川本臥 風先生のこと知ってはおりましたが、先生もそのことをおっしゃいませんでした し、私とはそのとき俳句は関係ありませんでした。

 1994年ごろ、わたしが行っている教会に俳句の好きな年配の先輩がおられ 礼拝の後のお茶の時間に俳句の話しやその方の作った俳句を毎週のように 聞くのを楽しみにしておりました。そのころは、俳句は3つのことを織り込めば 作品になるのだな、と感じてその場で即興に思いついたままいってみたりして 遊んでおりました。或とき、高浜虚子の<流れゆく大根の葉の早さかな>と 言う句を聞いているとき、胸の中から清らかな水が溢れるように流れ、緑色の 大根の葉が流れて行くのが生々しく感じられ、たった17の文字でこのような 生きているものが溢れてくる凄さを実感しました。

 それから、自分で作ったものをその方の見せ、感想を聞いたり俳句のきまり を教わったりするそうになりました。何や可やで教会で行き違いになったりする ことが多くなるにつれ、手紙で俳句のやり取りをしておりましたところ、その方 は今年の1月に病気でお亡くなりになられました。その方は自分の息子ぐらい の年齢のものが俳句に興味を持つのを楽しみ励ます積もりであったのでしょう、 よく誉めれくださり、私が調子に乗って進んでいったのが今よく分かります。

 それから、2月ごろ何気なくインターネットで俳句センターに投句をして、同じ ように高橋信之正子先生にコメントにより励まされ続けながら今日に至ってお ります。

 初めは絵で言うところのデッサンに打ち込むときだから、ひたすら作ればよい と思ってやっつておりましたが、だんだん、俳句の持つ奥深さや抒情性を感じ るようになって、言葉を創っていく上で、本当の自分は何なのか、自分らしい句 とは何なのかを追求して行かざるを得ない入り口に立っているのが、現在だと 感じております。とはいっても、高段者から見れば級位者のもがきなのでしょう。 (2000.8.21)


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