自分が「はまる」とは思いませんでしたが、俳句については、身近な環境がありま
した。
母と伯父が、それぞれに、長い間、俳句を楽しんでおりました。
一方、外地生活での中で、親との交信に母の所属している俳句誌に投句を思いつき、
歳時記を送ってもらい、手習いを開始しました。俳号は最初の海外赴任地タンザニア
の霊峰キリマンジャロをもじって付けました。これにより、離れていても、お互い
の俳
句を通じて、ある程度、母の消息を知ることが出来て、良かったと思っています。
俳句を始めてからは、出張しても、駐在しても、思い出を句に纏める形に意識するよ
うになり、そのように事象を観察して来ました。場所によっては、季語の選択
が限定されますが、出来るだけ、季感を表現できたらと、歳時記にある言葉を選ぶよ
うにしています。
日本での生活が落ち着いた今、インターネット俳句センターと、たまたま昨年出会
い、
以来、掲示板を通じて、当時の俳句を見直したりして、整理して、投句しておりま
す。
実際の体験はいささか古いのですが、その時のメモが、蘇えり、これらの俳句を推敲
する事で、旅行を二度に亘って楽しんだ気分になります。
「水煙」は明るい、若々しい句が多く、また、各国語対応のグローバルな俳句なども
あり、会員になれた事はいろいろの面で、充実した趣味の世界を持てたと喜んでおり
ます。それにつけても、献身的な高橋先生ご夫妻に感謝しております。
(2000年8月8日)
学生時代に東京オリンピック選手村にて、アルバイトをした影響で、就職は海外関
連の仕事を
求め、幸いサラリーマン生活の半分は外地での生活、残りの半分も海外を旅しての仕
事が続きました。
伯父からは、この間、何度も海外への土産として俳画を書いてもらいました。