更新:2000年9月27日
写真撮影:堀佐夜子
|
画像をクリックすると、新しい画像になります。
肉親の縁薄かりし曼珠沙華
有るだけの辞書机上獺祭忌
一病の長寿願いし菊膾
世を憂ふ若き行員由紀夫の忌
ラガー等雄叫び昂ぶらせノーサイド
四五人の華道教室冬座敷
嬰児が小春にぎりて夢見てる
カトレアや何処へも行けぬ妻なれば
孫の手の座して指図の年用意
その中に再会約す日記果つ
迎春とドアに大きな美容室
お年玉受ける少女の白い指
逞しや箱根駅伝あす復路
駄菓子屋の店先子らの独楽はじけ
薬飲む刻を守りて寒蜆
青空の寒天作り能勢の里
二階より声かけゐしが焼芋屋
鉄びんの音のみ高く寒明くる
春昼の車椅子のむ昇降機
帰る友見送る門の春北斗
春の土手少し数増す万歩計
ヒヤシンスうす紫に匂ひけり
シクラメン明日は真紅の花と思う
春菊の香りをゆでし夕支度
俳句は私にとって、今は生き甲斐の一言につきます。
俳句を始めたのは丁度5年前です。其れまで俳句とは全然縁の無い年月でした。日々の暮らしの中、まして生まれ育った環境は俳句とはほど遠いもの。
信之先生はじめ皆さん御存じの通り、私は障害者(脳性マヒ)です。昔は就学免除があり、11歳まで学校へは行けませんでしたが、どうしても行き たくなり、編入と云う形で義務教育だけは受ける事が出来ました。学校は楽 しかったです。親が心配だったいじめも無く(気付かなかっただけかも)
生活の為、煙草屋と駄菓子屋をやり、結婚して夫の趣味でもあるカメラ店に 変え、昭和も終り平成になってバリアフリー式の家も出来たとたん、夫の大病 で店を閉める羽目に成ってしまいました。
そして毎日何もする事も無くこれで良いのかしらと、子も無く、このまま老いていくのは嫌だと思って居た時に、ふとしたきっかけで俳句と出会い、はまってしまいました。吟行にも行けず、どうしたものかと新たな悩みができたのです。テレビでインターネットを知り、60の手習いで本当に大変でした。でも先祖のおかげで生活も出来、周りの人々に助けられ乍、俳句にパソコンにと毎日楽しく過せ、こんな嬉しいことは有りません。つくづく生きていてよかったと思います。
高齢者や障害者にとっては、インターネットや俳句は生き甲斐に良いと思います。やろうとすれば何歳でもやれるのです。プラス思考で行くしかないのです。こんな私ですが、水煙の諸先生方、今後ともご指導の程宜しくお願い致します。(1999年2月)
佐夜子さんらしい抒情があって、いい句ですね。
作者は、障害者。明るい、いい句です。これらの句は、深刻にも、面白くも解釈できますが、読み手次第ですね。「孫の手」を介して指図する側も、される側も、人間らしいですね。俳句に、人間らしい面白みがありますよ。いい生活です。
「日記果つ」は、季語にはないが、季感がある。「年の果」の感慨であり、きっぱりとしたところがよい。
落ち着いた、いい句ですね。身辺をよく見ておられます。俳句は、やはり写生が基本ですね。
主婦の生活の中での一こま。忙中閑あり、ですね。俳句が生まれます。
作者の思いが伝わってきます。優しい気持ちが広がってきます。
ひろびろとした情景。俳句は、ひろびろとした世界です。
しっかりした句です。作者の生活がしっかりしているからです。平明で、力強い句です。自分を観察している写生が良いからです。
春菊は、如何にも日本のの野菜であるかのようだが、南ヨーロッパ原産。この句のよさは、「香りをゆでし」で決まった。
五月の風は緑といいますが、色をつけるとどんな色でしょうか。素朴な疑問が、 優しい句になりましたね。(評:吉田 晃)
突然に淀川の毛馬の堤を思い出しました。<すかんぽの茎の味こそ忘られね いとけなき日のもののかなしみ/吉井勇>すかんぽは幼き日の郷愁剤ですね。 (評:伊嶋高男)
水面にゆれる橋柱の灯が春の夜の気分を盛り上げています。赤い灯、青い灯 の道頓堀ではなさそうですね。(評:伊嶋高男)
草ある広場の春満喫の様子が、空を飛ぶブーメランで一層明るくなります。 (評:霧野萬地郎)
さよならするのに未練があって、冷たくもどこか暖かさのある春独特の風に吹かれながら玄関の外で立ち話をしているのでしょう。「春北斗」がよろこびを感じさせます。(評:吉田晃)
陽気につられ、散歩の距離も伸びます。気が付けば、かなり遠くまで歩いて来てしまいます。春は人を積極的にさせます。「少し数増す」がいいですね。(評:吉田晃)