(一)高橋正子
●富士山頂俳句リーディングを行うまで
富士山頂で、詩と俳句の朗読を行うことが決定したのは、
昨年2001年の5月である。国連の「文明間対話年」
のスローガンによって、3月には松山で、ユネスコが提
唱した「詩による文明間対話」の俳句朗読会を終えた。
そして、その報告をニューヨークにしたが、そういった
朗読会の世界中からの報告がほぼ済んだ時期であった。
3月の朗読会は、芸予地震のすぐあとであったが、北九
州の岩本康子さんも参加してくださった。日本で朗読会
の候補にあがっていたのは、東京の2箇所と松山であっ
た。(日本での山頂リーディンは、松山の「水煙」だけ
となった。)その後、9月11日に、ニューヨークでテ
ロがあったので、「文明間対話」のために、俳句の朗読
をしたばかりなのにと思う反面、詩の役割の必要性を強
く感じた。(この時期ドイツなどでは、盛んに異文化の
劇など文化的催しがなされていたが、文明間対話の会議
を報道した朝日新聞によると、日本では、まだ何の予定
も無いと、記事をまとめていた。)
「文明間対話」は、文化の多様性を認めあうことにある。
文化の多様性といえば、2001年のユネスコの総会が
思い起こされる。「朝日新聞/ 2001年11月5日」の「天
声人語」は、「きのうはユネスコ憲章記念日だった。」
とし、「それに先立つ総会では「文化の多様性」を尊重
する宣言が採択され、この「多様性」こそが人類の共有
財産であることがうたわれた。」
「水煙」では、既に第3号(1983年12月号)の「川本臥風
俳論抄」で「文化の多様性」を取り上げている。
<文化において大切な事は画一性ではなくて、多様性で
ある。「世界の富とは、世界の持つ独創的な人間を指し
ているのであって、その存在、活動によって初めて世界
は世界であり混沌でなくなって来る。」こんな意味の事
をカーライルは言って居るが、この見方からすれば、俳
句が独自な存在であればある丈け、その存在を尊重し、
世界に向って主張する事こそ、文化国家として、世界文
化に寄与せんとする意図にそうものであろう。>
詩の朗読会は臥風先生の言われる世界文化に寄与せんと
するものである。詩の朗読会は、世界の200箇所以上
でもたれたが、詩は、「どんな困難や障害をも超えて存
在する」ということを証明するために、エベレストでも、
フィリッピン沖の深海の潜水艦の中や南極でも朗読され
た。そのときの参加グループが、引き続き対話を続ける
目的で、「Daialogue through Poetry(詩による対話)」
という、名前もその通りのグループを作った。水煙も自
然参加となっているわけである。その理由と、今年の国
連のスローガンの「国際山岳年」の森林を含む環境問題
をテーマに、「富士山頂俳句リーディング」が行われた
のである。
また、現在、持続可能な地球のあり方が問題となってい
るが、地球を持続可能にする考え方には、東洋精神、な
かでも俳句の精神がよく通じると考えている。これは、
以前水煙のホームページ上で、「ローマクラブ」(環境
問題を書籍などを通じて厳しく取り上げているヨーロッ
パのグループ)の教授のエッセイを紹介ときにも述べた
ことであるので、繰り返さない。
世界には多くの言語があるが、その言語が障害となって、
対話が難しくなっているのが現実である。それを少しで
も克服するために言葉のエッセンスである詩の言葉を通
して文明間の対話を可能にしようという試みである。詩
は、個人によって、宗教的でも、哲学的でも、ありうる。
言語を超えて心を通わせることが、どのようにすればで
きるかが、大きな課題となっている。言語に関しては、
究極的には「beyond-language(超言語)」 ということを
考えねばならいだろう。それを翻訳俳句で試みている。
山頂リーディングという発想は、アメリカ的と言えるが、
問題提起のデモンストレーションとしては、見習うべき
と考え、また、富士山は、大変優美で、平和の象徴とし
て、世界に誇れる山であり、日本の俳人の仕事として意
義があることと考え、富士山頂リーディングを決定した。
●富士夏風7句/高橋正子
7合目辺り
稜線の夏空切るを見つ登る
8合目富士山ホテル
宵寝する明るき窓の登山小屋
9合目辺り
夏星を登りぬ一歩を岩に置き
富士山頂午前4時45分
あたたかきご来迎なり登山者に
富士山頂俳句リーディング
ラバに立てすぐ夏風の日章旗
朗読の声をさらいぬ富士夏風
松林に白百合まばら富士裾野
(二)岩本康子
私にとっての冨士登山は、予想していたこととはいえ、緑陰
というものが皆無の熔岩の多い斜面をただただ登るというとて
も渇きを覚える登山でした。しかし、八合目の山小屋での達成
感、それに伴う穏やかな幸福感、頂上からの眺めの素晴らしさ
はとても言葉では言い尽くせません。このために人は登るので
しょうか?また、頂上での俳句のリーディングは一生に一度っ
きりの貴重な体験でした。パーティーの皆様に感謝です。
ここに、時間を追って、記録代わりに拙句を書き込みます。
記録として、少しでも実感をお伝えすることができれば幸いで
す。
○七月二八日午前八時四六分小倉発
河口湖までの列車車窓「長旅の窓に優しき青田かな」
○同日夕刻五時頃「ホテル登り坂」に到着。
ホテル登り坂「プラタナス揺れるホテルに夏夕べ」
○七月二九日午前八時過ぎにホテルを出る
五合目まで萬地郎さんの車で「ドライブの窓に涼しく樹花流る」
五合目小御嶽神社で「安全を祈りて涼し五合目や」
五合目より十時頃登山開始「馬の匂い満ちたる夏の冨士五合」
五合目より六合目あたり「夏霧の美しき斜面昇りくる」
七合目あたり、光雅さんレモンの輪切りを下さる「一切れのレ
モンの力夏爽快」「足掬う赤く灼けし火山礫」
八合目山小屋に夕刻到着「夏空に鯉高々と冨士八合」「宵寝す
る山小屋の夏楽しけれ」
○七月三〇日午前二時頃山小屋出発
八合目より頂上へ「夏の冨士灯りの列の蛇行する」「しらしら
と夏明けにけり富士斜面」
頂上御来光「どよめきの上がれる夏冨士ご来光」「有明けの月
高かりし冨士の夏」
萬地郎さんビデオ撮影「句の朗読撮る手に夏の朝の風」
御鉢巡り「すり鉢の底にも夏の朝日差す」「ストックに全身預
け夏登山
下山「アルプスの青山指しつつ下山かな」
(八月十四日)
(三)多田有花
「富士山頂俳句リーディング」に参加させていただき、貴重
な体験ができましたことをありがたく思っています。これまで
富士山に登ろうとは一度も思ったことがありませんでした。こ
の機会が無ければ一生富士山に登らずに終わってしまっていた
かもしれません。
富士山は登山を趣味とする人の間では「ほとんど魅力がない
山」と言われています。人が多過ぎる、登山路が単調、高山植
物も何もない、など悪口には事欠きません。確かに今回もハイ
シーズンであったため山小屋のすさまじい混雑と山頂への人の
列には閉口しました。
しかし、それでも今回参加させていただいて本当に良かった
なあと思っています。雲海に影を落す富士、茜色に染まる雲の
峰、御来光、剣が峰から見た日本アルプス、すべて忘れられな
い思い出です。
また、チームで登ったからこその魅力もありました。暁兵様
、寄せ集めの何がなんだかわからないチームをまとめていただ
きありがとうございました。萬地郎様、事前の計画、当日の撮
影と大変お世話になりました。康子様、俳句の英訳に力をお貸
しくださりありがとうございました。おかげさまでいいリーデ
ィングができました。光雅様、備えあれば憂いなしという言葉
を実感いたしました。鮮やかなテーピングの技、素晴らしかっ
たです。正子先生、このリーディングを計画され、実行までに
はいろいろご苦労が多かったことと思います。最後は自ら山に
登ってしまわれました。凄い、の一言です。
また、サポートしてくださった水煙会員の皆様、ありがとう
ございました。おかげさまで天候に恵まれ、事故無く俳句リー
ディングを終えることができました。感謝いたします。
私事ですが、今年この富士山頂俳句リーディングに参加させ
ていただいたおかげで、一年で日本の高峰ベスト5にすべて登
頂することができました。ベスト五の内訳は富士山(三七七六
メートル)、北岳(三一九二メートル)、奥穂高岳(三一九〇
メートル)、間ノ岳(三一八九メートル)、槍ヶ岳(三一八〇
メートル)です。ありがとうございました。 (八月二十八日)
(四)戸原 琴
信之先生,正子先生,そして句友の皆様,わけても登頂隊の
皆様,貴重な経験をありがとうございました。萬地郎さんのビ
デオ撮影による無事登頂でのそれぞれのスタイルで、正子先生
,暁兵さん、萬地郎さん,光雅さん,康子さん,有花さんによ
る朗読は圧巻でした。みな晴れやかに、山頂の強風に声を取ら
れながら自句を唱えられている、そうして朝日に七色に煌く山
頂の瓦礫とその上の蒼空の深さに,言葉もありませんでした。
この山頂リ−ディングの成功と無事に下山して再会できるこ
との一部始終を裾野で見守るという時間は何ともせつない時間
でした。前日五合目まで同行し見送ったものの、山の霧は深く
て、すぐに辺りは見えなくなってしまうなか、信之先生とふも
とへのバスに乗った。新宿や江の島の様に、五合目も各国人が
ひしめいておりふもとまでバスの中で座ることも叶わなかった
。信之先生と名物のとろろ飯の昼食を取り。河口湖の遊覧船に
乗った。五合目は日差しが厳しいがひんやりした空気だったの
で暑さをどっと感じた。夕方高男さんとひろ子さんが合流し食
事の後の夕暮れの迫る富士山を見上げて、無事を祈った。
部屋に戻ると窓一杯に、暗闇の富士山が見えている。登頂を
目指す人のつけているライトが長いネックレ−スの様に光って
いる。あの辺を歩いているのだなあ。。。。。と思いつつ眠っ
てしまった様だった。突然電話が鳴り、信之先生のしわがれた
お声に起こされた。(先生は一睡もされていないのだ。){起
きていますか?見てごらんなさい。あの明りが6人ですよ。}
空はうす闇になってきている。先生は,それからは1時間おき
に電話を下さった。富士山を見守り続けていると,いつのまに
か私も6人と同じように、山頂への道を歩いているように思わ
れてくる。同じ呼吸をしているつもり。空は刻々と明るくなり
、だんだんと色が差して来る、裾野から山頂までの長ーい雲が
染め上げられていく。緞帳の絵のようだった富士山は、山頂の
ぐるりから朝焼けの色になって立体となった。六人の一人一人
の姿が見えるような気がした。ふと気になって時計を見ると朝
五時だった。信之先生は,やはりきっと一睡もしないで、下山
される皆さんを待たれていたと思う。
夜の句会には、遠くから佐夜子さんと長崎ご夫妻,恵子さん
,けいじさん、英一さん、正人さん,弘子さん,たかこさんの
新たな合流組を加え、賑やかだった。登頂組は疲れにもかかわ
らず、句も素晴らしいものばかりを披露された。この場のこの
素晴らしさは、俳句というものを介したので、いっそうの稔り
をもたらしたように思う。今回正子先生はじめとする登頂組の
富士山山頂俳句リ−ディングという世界へ発信するイヴェント
と信之先生の一日中に触れ、先生方のひとかたならぬ御配慮の
うえに,水煙という場があるのだということを身をもって知り
ました。信之先生,正子先生,そして句友の皆様,ありがとう
ございました。 (八月二十六日)
(付記)富士山頂俳句リ−ディングの応援団は知られないよう
にひそやかに大きなエ−ルを送っていてくださいました。無事
下山の登頂組を迎えての句会の後の酒宴の主役は、野上哲斎さ
んの手作りのぐい呑みでした。大いに盛り上り、お土産に全員
がもって帰りました。またそっと御心付けを届けてくださった
方、御菓子果物を届けてくだっさた方、事務局の煩雑さを最後
まで引き受けてくだっさた方,賞品の用意をしてくだっさた方
,様々の心が富士山まで伝わってきましたことをお知らせして
おかなくてはと思います。滞留したホテルとインタ−ネットカ
フェの気持よいサ−ビスを含めて。再度深く感謝申し上げます。
●記念句会
【高橋信之特選】
夏帽子入れて仕上げる旅仕度 古田けいじ
夏シャツの軽さ湖への旅へ 相原弘子
ご来迎向きの揃いし登山靴 林 暁兵
夏富士や灯火の列の急角度 伊嶋高男
【高橋正子特選】
夏帽子入れて仕上げる旅仕度 古田けいじ
夏の靄まばたき重く木曽の馬 戸原 琴
手こぎボートオールのたたく水涼し 日野正人
【最高得点句】
ご来迎向きの揃いし登山靴 林 暁兵