■水煙俳句フェスティバル2004大会記@
▼前のぺージ
▼大会記A
@臼井虹玉
十一月二十一日(第一日目・小諸)
フェスティバル初日、私にとって小諸という初めての土地に思いを馳せつつ、東京から新幹線で、一路長野県へと向かいました。
長野はきっと寒いに違いないと、厚めのロングコートを着て降り立った小諸の地でしたが、その日は思いのほか暖かく、コートが邪魔になる程の陽気でした。
降り立ちて山国の空気深く吸う 虹玉
小諸は、私は日帰りの予定でしたので、翌日の吟行には参加できません。そのため、午後に始まるフェスティバルまでの時間を、小諸懐古園にて一人で吟行をいたしました。
澄んだ青空の下、美しい紅葉の園内を歩いて、千曲川や浅間連峰を目の前にし、ゆったりと気持ちのよい時間が流れて行きます。
おおらかに浅間連峰冬日受く 虹玉
郷土博物館の臼田亜浪特別展では信之先生の素晴らしい俳画の展示も見せていただき、心静かなひとときを過ごしました。
また、藤村記念館では、受付の方に「お寒い中をようこそ」と声をかけていただき、心がふんわりと温まる思いがいたしました。長野にお住まいの小島花英さんが後で教えてくださったのですが、それが他県からの人を迎える長野の人のご挨拶なのだとか。なんとも温かい土地柄です。
詩碑に立てば千曲の水の音冴えて 虹玉
フェスティバル会場では、緊張いっぱいで到着した私を、信之先生、正子先生はじめ先輩の方々が温かく気さくに迎えて下さり、本当にうれしく感激いたしました。
信之先生のご挨拶、インターネット俳句コンテストの表彰式、古田けいじさんの記念報告、第一回句会、そして懇親会と、緊張の中にも和やかに賑やかに楽しく小諸の会は進んでいきます。
残念ながら列車の時刻が迫り、私は夜の懇親会の途中で失礼させていただきましたが、帰りの列車でもずっと、小諸での楽しく有意義な一日を思い返しつつ家路に就きました。
十一月二十三日(最終日・東京)
フェスティバル最終日です。この日も小諸と同じように良く晴れて気持ちのいい朝となりました。
小諸でお会いした方々に加え、また新たな方々にお会いする緊張感と楽しみな気持ちを胸に、深川の芭蕉記念館へと向かいました。
東京の会は、出席人数も小諸の倍ほどもあり、信之先生のドイツ語の恩師でいらっしゃる成城大学名誉教授の信岡資生先生をお迎えし、和やかな中にもぴんと張った緊張感が漂い、小諸の会とはまた少し違った雰囲気があったように思えます。
この日の会は、信之先生の開会のご挨拶に始まり、インターネット俳句コンテストと水煙各賞の表彰式、信岡資生先生の記念講演、第三回句会、昼食懇親会、そして水煙主宰として正子先生のお話と進められました。
まず、信岡先生の記念講演ですが、これはドイツ語の辞書の編纂に携わっておられる先生が日頃感じていらっしゃる、言語や異文化についての大変興味深いお話でした。
信岡先生は、俳句と辞書の編纂には共通するものがあると仰います。それは、どちらも限られた字数の中で言いたいことを的確に表さなければならないという点においてです。
文化や風土の違う外国の言葉を日本語にするための辞書編纂を手がけられるご苦労なども、大変わかりやすい例を挙げてお話しくださり、興味深く拝聴いたしました。言語というものは時代や場所によって常に生き生きと変化するものだということにも改めて気付かせていただいた思いです。
句会は、皆様の素晴らしい句に実際に触れることができ、たいへんよい勉強になりました。それまで私はインターネットの句会しか知りませんでしたので、小諸と東京で参加した初めてのオフラインの句会は新鮮で、尊敬する先生方と自分が、句座の同じ輪の中に入っているといううれしさをひしひしと感じられたひと時でもありました。
信之先生と正子先生が、水煙という感性の共同体に寄せて語られた言葉も、大変印象深く胸に響いて心に残っております。と同時に、先生方のその熱い想いや理想を汚すことのないように、共同体の一部である私たち一人一人は、日々精進しなければいけないという思いを抱きました。それは単に俳句の良し悪しというのではなく、日々を生きる姿勢においての精進です。入会してまだ日の浅い私がこのようなことを言うことは大変僭越だと承知しておりますが、初めて先生方の生のお声でメッセージを耳にした者の率直な感想としてここに書き留めさせていただきます。
今、小諸、東京の二会場でお会いできた皆様のお顔、お声が思い出されます。
大変有意義な会に参加させていただきましたことを感謝いたしますと共に、先生方はじめ、開催のためにお骨折り、お世話くださいました皆様に心よりお礼申し上げます。
東京の水辺自在にゆりかもめ 虹玉
行く船の艫を掠めて都鳥 虹玉
A小島花英
11月21日(日)の小諸でのフェスティバルに参加しました。
俳句を始めて1年半ちょっと、水煙会員になって8ヶ月という私はフェスティバルが地元の小諸市での開催ということで思い切って参加しました。他県の開催でしたらきっと参加していなかったでしょう。
参加を決意し申し込みをしてからというもの、多少緊張気味の毎日を過ごしていました。というのも、ネット上での投句や句会は経験しているものの、生の句会というものを一度も経験をしていなかったからです。雑誌などに「句会の流れ」などが書かれているのを読み大方は理解していましたが、初体験は緊張するものです。
フェスティバルが半月後に近づいた頃からフェスティバル句会用の句を用意し始めました。なにせ吟行に出かけその場で句をつくるということが苦手な私ですので、あらかじめ用意周到に投句の準備をしていかなければ気持ちが落ち着きませんでした。
ですので、お気に入りの数句はネットの「自由な投句箱」に投句せずにストックしておきました。会場が地元の小諸ということで郷土の初冬を詠むことはそんなに難しいことではありませんでした。フェスティバルの数日前までには大会記念句会の3句と第二次句会の3句を準備し終えました。
当日、会場の保養センター「こもろ」には時間的に余裕をもって行き、ゆっくり昼食をとりました。そして、句会会場の部屋に入りました。
入ったとたん、私はアイドルの「追っかけファン」的な心境に陥りました。
『あっ、信之先生だっ! 正子先生だっ!』
『それに、古田さん、野田さん、臼井さん・・・』と胸のネームプレートとお顔を見比べてはしゃいでいる自分が少し恥ずかしくなりました。
小諸での記念句会が始まりました。
短冊に投句の3句を書き入れる時は異常な興奮状態で、手のひらは汗まみれでした。
野田さんの進行で会は順調に進んでいきました。
参加者11人による33句の中から各自の5句選の発表のときにはさすがに緊張しました。
互選の結果、信之先生選・最優秀句は、臼井虹玉さんの「詩碑に立てば千曲の水の音冴えて」が選ばれた。私と同期入会の新人ながらうまい。(舌をまく)
そして、入選はやはり
降り立てば山国の空気深く吸う/臼井虹玉
信濃路は山丸くして落葉期 /古田けいじ
追分の芒はみんな金色に /高橋正子
北へ来て光溢れる冬御大空 /岩本康子
とベテラン勢が抑えた。(さすが)
そして、正子先生選の入選に
熟柿落つ大地をくねる千曲川
村の灯の星より群れて虎落笛
の私の2句が選ばれたことは、誠に光栄でありました。
こうして、私の生句会の初体験は上々の結果で終わりました。(女房曰く、ビギナーズラックってやつじゃない!?)
余談としまして、記念句会が終了して温泉に入浴して夕食懇親会が行なわれた。それも終わり、いよいよ第二次句会があるぞっと緊張していましたら、句会はなし。(がっかり? 否、ほっとしました。)先生の部屋で第二次酒宴が行なわれて、盛り上がりました。
こうして、短くも充実した長い一日が終わりました。
B岩本康子
2004年「水煙」俳句フェスティバルの報告を3回(3日)に分けてさせていただきます。
21日(日)――小諸までと年金保養センター「こもろ」にて。
午前8時15分、北九州空港より羽田に発つ。 羽田で信之、正子両先生、愛媛県は新居浜からの藤田裕子さんと落ち合う。 羽田空港での出口が先生方と私と一つ違ったために少し時間をとったが、正子先生と裕子さんに無事にお会いすることができ(信之先生は少し先に東京駅に向かわれたとのこと)、モノレールで浜松まで、そこから東京へ、東京駅から新幹線(信之先生とはここから同行)で軽井沢へ、また、しなの鉄道で小諸へとスムーズに運んだ(1時過ぎに到着)。 北へ行くのだからと寒さを覚悟して来たのだが、思わぬ好天気と暖かさに迎えられほっとする一方、何か今年の天候はおかしいと感じたのも事実だ。 しなの鉄道の車窓には麗かな小春日の、木々の間に伸びやかな青空の拡がる風景が流れた。また、東京から軽井沢までの新幹線の車中では、四人揃って「峠の釜飯」という駅弁をいただき、心はしだいに信州モードになりつつあった。
無事に小諸駅に着くとそこにはもうホテルのバスが待っていて、もう一方ご同乗の紳士が長野から参加の河野一志氏だった。 ホテルは駅から近い所にあり、けいじさん、ゆたかさん、光雅さんご夫妻、臼井虹玉さん、小島花英さんが先に着いておられ、
ややあって有花さんが到着し、会は2時過ぎに始められた。 信之先生のご挨拶から、俳句コンテストの表彰、古田けいじさんの記念会報告、最初の句会と、いつものように野田ゆたかさんの司会で和やかに行われた。
けいじさんは俳句とご自分の関係、生活を語られましたが、俳句との最初の出会い、ずっと続けられている合唱団の活動、旅のお話、またよく吟行に出かけられるご近所の公園(かなり大きな公園のようですが、名前を忘れました)についてのお話で、けいじさんの俳句の背景がよく分かりました。 これは余談ですが、私は内心、けいじさんのことを「森のけいじさん」と思っています。 木や森にについて詠まれた句がすてきだからです。 そのお話のあと、信之先生が、新鮮な感動を持ち続けることとは子供の心を失わないことだが、それを表す言葉は年とともに違ってくるはずだと言われました(私の解釈ですが)。
当たり前のことですが、「初めに感動ありき」で、それをどう的確に表現して、人に感動を与えるかということだと思いました。
さて、最初の句会の結果ですが、やはり早く到着して準備されていた、けいじさん、虹玉さん、英花さん、光雅さんの句は小諸の土地を詠んだ大変いいものが多かったようです。その結果はゆたかさんの報告に出ているので、省略させていただきます。
6時から始められた懇親会の食事では、実に色々な鯉料理が出され美味しくいただきました。 もちろん美味しいお酒もいただきながら、自己紹介が始まりました。
小島英花(男性)さんは学校の先生で、走ることが好き。(カラオケもお得意のようでした。) 河野一志さんは歯医者さんで、今は息子さんが継いでいらっしゃるということでした。 会は花英さん、けいじさんの歌で賑やかになり、全員で四季の歌も歌いました。 また、虹玉さんの啄木の詩の歌は静かでとてもきれいでした。
虹玉さんがその日は川崎に戻らなければならないとのことで、帰られる前に全員の集合写真を撮り、23日の東京句会での再会を約して別れました。
C小西 宏
23日、「水煙俳句フェステイバル2004」のうち深川で開かれた東京大会に参加させていただきました。不精者のわたくしは、それまで高橋信之先生、正子先生にご挨拶することもなく(それがインターネットの気楽なところでもあるかもしれませんが)、今回はじめてお目にかかるという有様だったのです。
俳句の宗匠というのは(独文学者であればなおさらのことですが)もっと気難しく、近寄り難い方かと恐れをなしておりました。しかし芭蕉記念館にお迎えくださった信之先生はとてもお優しく、気さくな方でいらっしゃいました。「『水煙』の句会は旧制高等学校の寮のような雰囲気で、皆さん気軽にお集まりいただき、ざっくばらんに交流していただいているのですよ」、というのが先生のお言葉でした。
そんなわけで、生まれて初めて句会というものに出席したわたくしでしたが、野田ゆたかさんの丁寧なご教示、多田有花さんの元気いっぱい、ユーモア溢れる司会ぶりもあって、リラックスして座の中に溶け込むことができました。
とはいえ、清記の際に書き間違えがないよう、だいぶ緊張してはおりました。
選句(互選)作業はもっとたいへんでした。清記がどんどん自分のところに溜まってきますから、適当に見切りをつけて次に回さなければなりません。なんだかたくさんの秀句を見落としているようで気が気ではありません。気になったものはみんなメモしておけばいいのかもしれませんが、それではますます時間が掛かりますし、だいいち選句の意味をなしません。
というわけで、集計の段になってみると、先生やみなさん方の選ばれたよい句を、わたくしはたくさん見落としていたことがわかりました。(いつものことですけれど)。
信之先生はわたくしたちと同じように、ご自身の作品が参加者によって選ばれると、それこそ相好をお崩しになって喜び、お礼のことばを述べておられました。特に、正子先生の句が選ばれるとご自分の句以上に喜んでおられたように思います。
ご自身のしっかりとした信念をお持ちになりながらも、赤ん坊のようなわたくしたちの言葉にもちゃんと耳を傾けて下さっておられるのでした。
フェスティバルではまた、句誌に立派な作品をたくさん載せておられる先達の方々にもお目にかかり、お話を伺うことができました。また同じ頃に水煙に入会して切磋琢磨している仲間(同期の桜と思っています)ともはじめて顔を合わせることができ、大きな喜びでした。想像通りの人、想像以上の人。
信之先生は句会でのご講演の中で「座」の意義を強調しておられました。しかし「一人一人がいい俳句を作るようになることが一番大事なことであり、『水煙』だけがよいものと言われるようになっても、何ぼのものでもない」という風にもお話しておられました。
信岡資生先生のお話は臼井虹玉さんがお書きになっている通り、わかりやすくとても面白いものでした。虹玉さん以上のことは書けませんが、直訳調の英語(それ以外の言語はまったくだめ)しか理解できないわたくしとしては、なるほどと思えるやら、恥ずかしいやら。
正子先生の講演の中には「切れ字」のことが含まれていました。そういえばわたくし、
安易な切れ字の使い方をして、先生に添削をしていただいたことが何度かあります。しかし依然として、俳句の「切れ」についてよく理解できてはおりません。あと何十年かかかるのでしょう。
わたし自身は自分の句の良し悪しをまったく判断することができません。そんなわけで、頭に浮かんだ句を次から次へ「自由な投句箱」に投稿して先生方にご面倒をおかけしています。「どんどん投句してください。みなさん方の所には手元におかれたままになっているよい句がたくさんあるかもしれませんよ」、と別れ際に正子先生に励ましていただいたことを忘れません。
句会ではなんのお手伝いもできず、後片付けもせずに帰ってきてしまいました。翌日急に朝早くからの仕事が入ってしまったものですから、撮り散らかした写真も整理することができませんでした。それを正子先生が綺麗にしてホームページに載せてくださいました。
何もかも、おんぶに抱っこの句会初体験でした。
皆さんどうもありがとうございました。