■記録B/水煙俳句フェスティバル2005in奈良
□大会記
(碇 英一・守屋光雅・岩本康子)
▼前のページ
▼次のページ
@碇 英一
11月19日・20日の両日は、寒さが急に訪れた関西地方としては穏やかな日和の好天でした。、「水煙俳句フェスティバルin奈良」の会場は平城宮跡すぐ傍の、朱雀門も目の前に見えている「かんぽの宿奈良」にて開催されました。
松山からの高橋信之主宰、高橋正子先生ご夫妻を初め、北は秋田市、南は北九州市まで、日本列島の両方にわたる各地から、古都奈良に20名のみなさまをお迎えして、2日間の大会を、盛会のうちに無事終えることができました。これもひとえにみなさまのご協力と遠くからのお励ましの賜物のお陰で、ここにお礼を申し上げます。感謝をもってここに大会の拙な報告をさせていただきます。
<フェスティバル一日目>
(会場集合)
先生ご夫妻は松山市から昨日の夜航便で早朝大阪港に着かれ、すでにフロントに荷物を預け出かけておられた。10時半に野田ゆたかさんとコーヒーを飲みながらお待ちしていると11時ごろ戻って来られた。ご挨拶をしていると祝恵子さんが到着され、一緒に休憩室の310号室に着き、受付の準備しながら皆様の来られるのをお待ちすることとした。先生ご夫妻は東大寺大仏殿に行って来られたとか、そこで霧野萬地郎さん、河ひろこさんととのこと、逢われたとのこと、みなさん句会のための吟行をしておられることを思いました。
そのうち、黒谷光子さん、甲斐ひさこさんが到着。正子先生が秋篠寺に行きたいとのことで光子さん、ひさこさんも一緒に出かけられた。そうこうしているうちに、小西宏さん、多田有花さん、岩本康子さん、今村七栄さん、池田加代子さん、河ひろこさん、霧野萬地郎さんと続々到着。懐かしいお顔や初めてなのにすでに存知上げているとしか思えない方、お互い同じ思いで名乗り合っているのをお聞きしながら、一階に降りて行くと廊下に、矢野文彦さん、守屋光雅さんがおられ、山中啓輔さんが玄関から入ってこられた。
1時になったので会場作りのために会議室に行くと、そこに石井孝子さんが来ておられた。
(開会)
1時30分、時間になり開会。総合司会は野田ゆたかさん。最初に高橋信之先生より「水煙」の沿革に触れながらの今日のインターネット俳句についてのお話とご挨拶があり、次いで本年度水煙各賞の表彰式がありました。本年度の水煙賞は志賀たいじさん・河ひろこさん、橘俳句賞は矢野文彦さん・平田 弘さん、水煙新人賞は池田加代子さんの皆様で、当日は会場に来られた、河ひろこさん・矢野文彦さん、池田加代子さんに、信之主宰より表彰状と記念品が手渡されました。その後、吉田晃さんの祝辞と追伸文が読まれ、志賀たいじさんと藤田裕子さんの祝電が披露されました。
(記念講演)
続いて 奈良大学教授 柳田征司先生による記念講演をお聴きしました。先生は日本語の歴史研究を専門とされ、「抄物研究余滴」と題されたお話で、論語の中の言葉が後代いかに色んな方面に伝わっていったかを書物資料で跡付けながらのお話でした。緻密な「言葉の考古学」を解説していただいている感じがいたしました。
(記念句会)
その後、小休憩を挟んで、3時から第1回句会がゆたかさん司会で行われました。みなさん毎日インターネットで句会をしていますが、実際の句会は初めての方、また、久しぶりの方が大半でした。12時半までに出句されていた当季雑詠3句の短冊を各自3枚受け取り、清記・互選・披講の順に、ルールの説明を頂きながら進行していきました。披講者はゆたかさん、有花さん。読まれた句の作者は名乗りを上げ、緊張感のある中にも、同感のうなずきと意外だなという軽い驚きの内に進み、正子先生・信之主宰の選と句評発表され、入賞者には先生・主宰の句葉書が賞品として渡され、句会は終了いたしました。
(記念句会入賞句は別報告をご参照)
(懇親会)
夜6時、一階「飛鳥の間」で英一の司会で懇親会が行われました。創造していたより若い高橋秀之さんはここから参加されました。初めに正子先生にご挨拶を頂き、光雅さんのご発声で盛会を願う乾杯をして、懇親会が始まりました。日頃パソコンの画面で読んだ句の実景や、お家の周りの景色、句で詠まれた生活、ご家族のことなど句で想像していることを直接お話したり、俳句につい日頃思っていることなど、お酒を呑み、食事を頂きながらの楽しい団欒の時を過ごし、途中退席される黒谷光子さん、甲斐ひさこさんから、ご自身のご家族のことや日頃の生活などについてスピーチして頂きました。続いてみなさん一人ずつご自身の近況報告をして頂きました。まだ秋田も盛岡も雪は積もっておらない様子、中には想像もしたこともないようなお話もあり、盛り沢山の内容をもったお話で時の経つのも忘れました。次に句会が控えており、8時に懇親会をお開きとさせて頂きました。
(第2次句会)
第2次句会は8時半から、3階310号室で行われました。半日に2回の句会、しかも2回目が当季雑詠5句出句は大変ハードなことでしたが、時間までにみなさん全員が8時30分の時間通り出句され、心配は杞憂に終わりました。
司会は小西宏さん。記念句会と同じ手順で行われました。みなさんが一度経験したため少し慣れられた分、スムーズに進行してゆきます。今回は披講は選者が行うことし、選句5句の披講と、1句にコメントを述べることが加わりました。途中帰られる秀行さん、啓輔さんから始め順に披講・コメントをしていきました。差し入れのお菓子・おつまみ・お酒・焼酎などもいただきながら、記念句会とはまた違った、落ち着いて心地の良い雰囲気の句会でした。ここに来られるまでに準備された句、また、ここに着いてから詠まれた句など、名乗りを上げられるとその人らしいなと頷けます。披講が一巡したところで最後に、正子先生・信之主宰の入選・特選の発表と句評がされ、入賞者には賞品が渡され句会が終わりました。解散に際し、おおにしひろしさんのプレゼントの花の写真を皆で分けて頂きました。 (第2次句会入賞句 別報告参照)
<フェスティバル二日目 法隆寺吟行句会>
( 移 動 )
2日目も寒さを感じさせない晴れ。朝8時にロビーに集合。
宿から法隆寺までは電車とタクシーを乗り継いでので移動となる。それぞれグループになってもらって法隆寺へ向かった。途中、大和郡山、新薬師寺、西の京などの名前がある場所を通過する。近鉄筒井駅から法隆寺までのタクシーは3台揃わず、順次乗り込む。有花さんと英一は自動車でみなさんの荷物を運び、今日の句会場である「志むら食堂」に置き
法隆寺に行くと萬地朗さんグループが来ておられる。そこに今日参加の大石和堂さんが来られ、次のグループと続く。先生のグループは中々到着しないため、吟行時間の終わりの11時30分に句会場に皆さん集合することし、自由吟行のため解散する。ようやく先生ゆたかさんのグループが到着し、みなさんで法隆寺に行く。
(法隆寺吟行)
雲ひとつない晴れ渡った見事な空である。桜紅葉がきれいに色づき、散っている。法隆寺の中に入ると、屋根の反りいくぶんなだらかな、高い九輪と水煙の五重塔・2階と3階の屋根の四隅の柱に龍が巻いている金堂・薬師3尊と四天王が祀られた講堂、またその周りの回廊。これら全ての柱は生地が晒したままの柱で、清清しい感じである。小さいグループや、一人になりながら法隆寺やその周りを吟行しておられる、石段に腰掛け作句されているところもお見受けする。折りから法隆寺秘法展と夢殿の秘仏である救世観音の開帳をしているタイミングのよい期間で、国宝、重要文化財が目白押しであった。
(第3次句会)
11時30分に志むら食堂の2階会場に集合し、出句の作業に皆さん一斉かかられる。
句が出揃ったところで柿の葉すしが3個入った弁当を摂る。昼食が済んだところで霧野萬地郎さん司会で第3回句会を行う。みんなで今見たところをどのように詠んでおられるのか、また、自分の句が先生や皆さんに選ばれるのか興味のあるところである。句会の順序も慣れてきて手際よくなっている。各自選句の披講と1句コメントにも慣れる。正子先生の選と句評、信之主宰の選の発表と特選句の句評がなされました。
( 第3次句会入賞句 別報告参照 )
(解 散)
句会も終了。小歓談の後、またの機会を楽しみにお別れとなりました。
思えばあっという間の夢のような、贅沢な出会いの2日間。楽しく快い充実感に満たされていました。
最後になりましたが、祝電、祝辞、写真、お祝い、お酒、お菓子等々を頂いた皆様にお礼を申し上げ、大会報告を終わらせて戴きます
A守屋光雅
私の俳句修行 ―俳句フェスティバル2005in奈良に参加してー
法隆寺門前<志むら食堂>(昼食は柿の葉寿司、名物に旨いものあり)での法隆寺吟行句会投句に子規の句碑を詠んだものがあった。ここまで来て訪ねないのは心残りであった。みなさんとお別れしてから<鏡池>まで戻ってデジカメにも収めた。修学旅行の中学生がたくさん仁王門をバックに並んでいた。この日の小春日和は彼らの卒業アルバムにも留まるのだろうと思いながら、もう一度大和西大寺駅にもどっていた。
幹事の野田ゆたかさん・碇英一さんの緻密に計画された吟行句会の二次句会では平城京跡・朱雀門を詠んだ句もあり、<かんぽの宿奈良>の向かいの場所であった。ここを歩きたいと思った。みなさんの詠まれた視点を反芻しながら、<朱雀門そこから寒き野となりぬ 信之>も気になっていた。二条町から朱雀門まで歩いてみた。1300年の時の流れを思い、甲子園球場30個の広さとか朱雀門につくと暮れはやしの感であった。七五三の姉妹を立たせ写真をとる家族がいた。信之先生の句意を自分なりに解釈して納得したのであった。
東大寺に対する西大寺ここもじっくり歩いてみたいと機会があればとおもっていた。正月に尺余の大茶碗でやる茶会のあるあのお寺である。ここも広い境内である。朝早いのでお勤め中は入れないとの本堂・四王堂を時間を待って巡り、タイミング好く、秘仏開扉日の愛染明王像(重文)をも拝することができた。北門より秋篠寺まで<歴史の道>があるとのことお寺から地図をいただいたので田んぼの畦の石畳の道を汗ばみながら歩いた。
京都にもどる近鉄奈良線車中では二日間の記念句会・二次句会・吟行句会のノート(萬地郎さんの真似で全投句を控えている)を読みながらなるほどといろんな視点を勉強した。
時として俳句モードにならない自分の脳味噌に苛立つので、みなさんの句には刺激を受けた。吟行では同じものを見ているので、おおいに得るものは大であった。
そして京都駅に近い東寺にいそいだ。というのも昨年のお遍路で37番札所と38番札所の間に京都東寺の休憩所があった。そこでお世話になったので京都に行くときは東寺にと決めていたのである。毎月21日に開かれるという<弘法市>の日で参道から広い境内まで骨董屋から古着屋・植木屋・餅屋・瀬戸物屋などなど露天商で一杯、押すな押すなの大混雑であった。市の人に紛れて少しは俳句モードになりかけてきたような気もしてきたのであった。
弘法市飾って食べてと吊るし柿
総て<水煙>のご縁、お天気にも恵まれて俳句を楽しんだ私なりの3日間でした。みなさんお世話になりました。ありがとうございました。
B岩本康子
「奈良俳句フェスティバル」の報告 @
2001年から毎年参加している「水煙」フェスティバルに今年も参加した。
今年は11月19日、20日の両日に古都奈良で行われ、両日とも申し分ないお天気に恵まれ、ご参加の20名の句友の皆様と、じつに楽しく実りある一時を持つことができた。詳しい客観的な報告は碇英一さんがされていますので、私は少々主観的な報告をさせていただくことをお許し下さい。
11月19日
(奈良まで)
小倉駅、新幹線乗り場で私と同じ北九州市から参加の今村七栄さんと初めてお会いする。列車は7時36分発の「のぞみ6号」だ。 数日前からメールや電話でやり取りをしていたので、大体のお姿は想像していたが、七栄さんの方から声がかかった。
短い挨拶を済ませたあと、違う車両に乗りこむ。諸般の事情から事前準備が全然できないままの参加であるが、何はともあれ、「参加することに意義あり」と自分に納得させ、奈良に向かう。昨日からの疲れも出て、車中では殆どうとうとしていたが、ふと窓外に目をやると、トンネルを出る度に(山陽新幹線もトンネルがかなり多い)
小春の長閑な山並み、刈田、朝日にきらめく川などが現れ、旅に出た歓びがじわじわと湧いて来た。こんな風景も句にしないと、最初の句会に出句できないなと思いながらもまだ、うつらうつらしていた。七栄さんは岡山まで指定席が取れたと言われていたが、この混み合う列車の中で、そのあと自由席で座れただろうかと思っているうちに新神戸駅に着いた。この駅には何度降りたことかなという思いが一瞬よぎる。英語教師として約10年間、毎年のように神戸六甲山YMCAでの研修に参加していた頃のことがふと懐かしく思い出される。新大阪に着いたころ七栄さんが私の席に来られる。岡山からも座れたとのこと。よかった。やがて京都だ。京都からは七栄さんが調べたJR都路線で奈良へ。奈良着11時12分。車でいよいよ、かんぽの宿「奈良」へ。
出発の朝
杖突きし母の見送る冬の朝
新幹線「のぞみ」で
ひつじ田に車両の影のひた走る
朝靄に霞む冬山古都奈良へ
(奈良着と開会前)
宿のドアの前で碇英一さんに出迎えられる。挨拶を済まして、さっそく310号室へ。そこには既に信之先生ご夫妻を初め、旧知の方々、初めてお会いする方々が到着しておられ、それぞれに挨拶を交わした。1時から始まる受付であったが、野田ゆたかさん、祝恵子さんが、すでにそこで受け付けのお世話を始めておられた。
東京でお会いして数年振りの河ひろこさん、去年深川の芭蕉会館でお会いした小西宏さん、池田加代子さん、何度もお会いしている祝恵子さん、多田有花さんと懐かしいお顔に会い、また、お会いするのは初めての、黒谷光子さん、甲斐ひさこさん、石井孝子さんとご挨拶を交わし、初対面だけれど、俳句で存じ上げているので、どこか懐かしい気持ちになった。
じき萬地郎さんもお部屋に現れた。(14年の富士登山俳句リーディング、15年の松山は北条鹿島での大会以来の再会であるが、少しも変わられない様子である。) 開会までに少し時間があるというので、正子先生、光子さん、七栄さんとともに近くの秋篠寺まで車で行く。車を降りる時、寺の門前の横の石に座って、じっと前方(つまり我々の方)を見つめ、思いに耽っている一人の男性が居た。 誰かあろう。守屋光雅さんでした。宿までの車を待っておられたとのことですが、恐らくあのお顔は苦吟されて(失礼!)いたのではないでしょうか。
さて、私の方は、着いたばかりでまだまだ俳句モードにならないが、山門を入ってすぐのもみじの紅葉と、雑木林でしきりに囀る鵯の声が印象的で、本堂では伎藝天にも会い、心が古都奈良の空気にしだいに染まってゆくのを感じる。正子先生、光子さん、七栄さんは、いい句をものにされていたようだ。
(開会式)
式会場には大阪からお越しの矢野文彦氏、山中啓輔氏もすでにみえておられ、野田ゆたかさんの司会で、信之先生の「水煙」の歴史に触れられながらの開会のご挨拶、水煙各賞の授賞式、奈良大学教授の柳田征司氏の講演と進んだ。 本年度の受賞者は11月号に発表されているが、当日は、秋田からご出席の河ひろこさん(第22回水煙賞)、矢野文彦氏(第7回橘俳句賞)、池田加代子さん(第12回新人賞)に表彰状と記念品(白の扇子に信之先生自筆の句が書かれたもの)が信之先生から渡された。柳田先生の講演は大学生に戻った気分でメモをしながら拝聴した。 内容については碇さんが、「言葉の考古学」と一言で実に要領よくまとめられていますが、その通りで、室町時代(?)に詠まれた連歌2句のルーツを論語にまで遡る気の遠くなるような論証でした。
(記念句会)
休憩を少し取り、会場のセッティングをし直し、それぞれの席の前に用意された大きな名札を貼り、第1回の句会は始まった。 投句は当季雑詠3句で、司会はゆたかさん、披講 ゆたかさん、有花さんで行われた。着いて間も無い私自身はなかなかいい句が浮かばなかったが、他の皆様はさすがに余裕で、用意されてきたその方らしい、いい句を詠まれていた。
(入選句については別報告をご参照下さい。)
(懇親会)
記念句会あと、女性は二部屋に分かれて、それぞれの部屋で自由な時間を過ごしたが、私の同室者は孝子さん、有花さん、加代子さんで、皆、二次句会に出す句を考えながらも、心身ともに元気な有花さんを中心におしゃべりに花が咲いた。孝子さんとは初対面でしたが、秋篠寺で買った伎芸天の大きな写真を皆に分けて下さったりして、とても気さくで何か一生懸命なところが可愛い方だと思いました。
6時から「飛鳥の間」という大座敷で懇親会が始まった。ここから高橋秀之さんが参加される。司会は碇英一さん。 正子先生のご挨拶、光雅さんの乾杯の音頭で始まった。お酒類は自由に注文でき、ビール、焼酎、日本酒と色々ありで、乾杯の後、まずは美味しいお料理とお酒をいただきながら、それぞれ席の回りの方々と歓談し、少し出来あがったところで、自己紹介が始まった。 途中で退席される、滋賀県から
お越しの黒谷光子さん、大阪は摂津からお越しの甲斐ひさこさんに最初にお話していただき、また、お会いできることを期してお別れしました。 お二人は8時半からの第2次句会への投句もされて帰られました。そのあとも自己紹介、近況報告が続きましたが、フルマラソン、トライヤスロンなどに参加されている山中啓輔さん、お子様の育児日記(?)をホームページに公開されている3児のパパの高橋秀之さん、カワユーイおばちゃまの(失礼!そう言う私もお仲間です) 石井孝子さんと今村七栄さん。「水煙」にはほんとに色々な方が集まってくるのだなあと改めて実感しました。
司会の碇さんが、それぞれの方の自己紹介のあと、最近のその方の代表句を挙げられ、とてもよかったと思います。 私はと言えば、お酒が気持ちよく回って、自分で何をしゃべったかあまり覚えていませんが、正子先生が助け舟を出して下さったことは覚えています。「謝謝」です。
(第2次句会)
8時半から控え室兼、男性の部屋になっている310号室で。投句は当季雑詠5句。
小西宏さんの司会で行われた。5句投句で、5句選句。 途中で帰られる啓輔さん、秀之さんもおられ、時間もあまりないため、披講は選者自身で行い、1句につきコメントもつけるという形で行われた。20名の投句で5句ずつだから、計100句になり、その中から短時間に5句選ぶのは、お酒も回ってなかなかスリリングな仕事であったが(私だけかもしれません)、皆様、差し入れのお菓子、果物などを頂きながらそれぞれにいい句を選ばれていたようです。司会の小西宏さんはご職業が海外にも飛ぶパイロットだそうですが、時間の配分にも気を遣われ、初めての司会をスムーズに行われました。 私事ですが、最初に選んだものが、時間が経つほどに変わって、最後にゆたかさんから選句用紙をもう一度貰って書き直したりと、相変わらずぶざまなことをしましたが、納得のいく選句をしようとしたのだと、また、自分に言い訳をしました。披講が一巡したところで、最後に正子先生、信之先生のそれぞれの入選句、特選句の発表と句評がなされ、賞品の俳句絵葉書が渡されました。(入賞句は別報告をご参照下さい。)
解散に当たり、松山のおおにしひろしさんの撮られた、きれいなお写真を皆で分けて頂きました。私は何枚もいただいて宝にしていますが、今回は満開の「山査子の路」を頂きました。
句会終了後、自然に主宰ご夫妻の周りにお酒やおつまみをもって集まり、俳句、
季語の考え方、句会、「水煙」の運営などについて話が発展していった。場を変えて信之先生のお部屋で行われた方がよかったかと思いますが、そのまま310号室の片隅で自然に始まりました。小西宏さんは昨年東京深川の芭蕉会館で先生ご夫妻と会われていますが、この日はふだんから思われていることを色々率直にお話しされたり、信之先生に質問をされたりしていました。「水煙」という結社が目指すものとインターネットとの関係、インターネットが主な手段であるが故の長所と難しい面も、色々あると思いますが、今後は我々の手にかかっているのだということを深く考えさせられました。 そして、何よりも大事なことは、いい俳句を詠むように精進することだと思いました。
「奈良俳句フェスティバル」報告 A
11月20日(法隆寺吟行と第3次句会)
(吟行の朝)
さて、いよいよ期待の法隆寺吟行の朝である。 昨夜の疲れは少し残っていたが、目覚めると上天気を約束する朝の光。私はまだ100%の目覚めでなく、コンタクトレンズも入れる前なので、ぼんやりした感覚であったが、それでも上天気のこの空は十分に分かった。さっそく朝風呂に行かれた有花さん、加代子さん。孝子さんと私は部屋に残り、今日の準備、出発の準備など何かごそごそとして時間を過ごした。全くの私事になりますが、睡眠不足の朝は眼がコンタクトレンズをなかなか受け入れてくれず、装着するのに時間がかかり、焦れば焦るほど眼が抵抗するという、いつもの経験をこの朝もしました。ともかく、8時にロビー集合という時間には遅れられないので少し慌てたが、どうにか朝食も少しいただける時間に部屋を出た。食堂に入り際に、もう済ませて出られる碇さんとお会いした。
やはり、お世話係は昨夜の深夜までの談論の疲れも見せずにシャキッとされていると思った。食堂にはまだ食事中のお仲間もいて、ひろこさん、孝子さん、有花さん、加代子さんとテーブルをご一緒させていただいた。 有花さん、加代子さんは行動が速く、先に席を立たれたが、残られたひろこさん、孝子さんとコーヒーをご一緒し、その後、一人でいただいていると、すでに終わられて、一旦食堂を出られた小西宏さんがコーヒーを飲みに戻って来られた。私の前に座られ、昨夜の話題に触れたお話など少しばかりされた。
(法隆寺まで)
ゆたかさんの先導で、電車で近鉄西大寺駅から橿原線で筒井駅まで。そこから法隆寺までタクシーに分乗する。碇さんと有花さんは、簡保の宿から皆の荷物を、法隆寺近くの、次の句会場「志むら」に車で運ばれる。電車は全然混んでなく、横並びの長い座席に全員向かい合って座れた。途中、新薬師寺、西の京など、奈良だなあと思わせる駅を通過する。筒井駅で私は萬地郎さん、恵子さん、ひろこさん達と共に最初の車に乗せてもらった。目的の法隆寺前到着。そこにはすでに京都から、この吟行句会だけにご参加の大石和堂さんが来ておられたのですが、私はまだお会いしたことがなかったものですから、ぼんやりして、法隆寺のボランティアガイドの方かなと思っていました。しばらくして、その方が大石和堂さんだと分かって大笑いしたものです。こんな風に私は時々とんでもない勘違いをして、失礼をすることがありますが、どうかお許し下さい。
皆が集まるまでしばらく時間があったので、門前の長い松並木路を歩いてみたり、句会場の「志むら」のあたりを見てまわったりして過ごした。門前に戻って行っていると碇さんが近付いて来られ、11時半に句会場集合で、それまで自由吟行ということで解散したと言われた。さて、いよいよ本番だ。
南大門を入るとさすがに古寺の淑気を感じた。まだ午前9時過ぎなので、人もあまり多くなく、中門に到るまでの真っ直ぐな石畳の大路を歩いていると何ともおおらかで清々しい気持ちになる。 平らな大路、平らな青空、中門の向こうの金堂と五重の塔、それを囲む平らな山並み、
ここ斑鳩の里は何とおおらかで平和な気持ちにさせる土地なのだろうとしみじみ思う。大路の石畳を一歩一歩踏みしめて中門に向かった。途中、左手に本坊事務所とあったので、静かに入ってみると、ここも四角に刈りこまれ、手入れの行き届いたツゲの植えこみに朝露が輝き、見上げれば、五重の塔が小春の空に時間が止まったかのように静かに立ち、周囲には明るい小鳥の囀りと、まるで、現世から切り離された地上の楽園にいるような気分だった。ここでしばらくボーッと過ごそうと決めて、坊の濡れ縁に腰を下ろし句帳を出したが、あまりに平和なこの気持ちを詠もうとしても浮かんでくる句は、みなどこかで誰かが詠んだような気がして、どうしようもなかった。が、ともかくも手帳に数句書き留めた。
真四角に刈られし黄楊や冬日燦
時止めし小春の空の五重の塔
小春日の空に染まりし五重の塔
手入れよき坊の隅々冬日溢る
作務衣の僧坊より出で来る冬の朝
さて、ここばかりに居る訳にもいかず、再び大路を踏みしめ、中門の方へ向かった。手水鉢で手を清め、石段を上がると、門の右手に、残る桜紅葉と樹下に散り敷く桜紅葉が小春の陽に明るく輝き、ここでも何か祝福を受けたような気持ちになった。
中門に入ると、回廊に囲まれ、五重の塔、金堂とあるが、見上げる塔の庇からは鳩が陽光に輝きながら飛び、回廊の脇にある桜紅葉の樹下に舞い降りていた。何と平和な光景だろう!この平和そのものの光景にしばし見入っていると、吟行している「水煙」の仲間を何人か見かける。有花さん、加代子さん、七栄さん、小西宏さんを最初お見かけし、回廊でゆっくりしていると、塔の裾の方で腰掛けて、句帳を開いているひろこさんをお見かけした。遠くからだったが、写真を一枚と思ってシャッターを切らせていただいた。しかし、残念なことにそのフィルム一巻きはどうしたことかカメラの中で空回りしていて、知らずに開いてしまって、おまけにフィルムをビーッと伸ばしてしまったので、全部駄目にしてしまったようだ。 つまり、奈良に来て、前日からその時まで撮った写真はみな駄目にしてしまったことになり、ご一緒した方々との記念写真も消えてしまった。何という無念!この旅第一回目の失敗である。「仕方ない写真はもう諦めてともかく句作に専念しよう。それにこの素晴らしい景色は私の写真にはどうしても現れない。」などとぶつぶつ言いながら、金堂、大講堂、大宝蔵院、夢殿の仏様たち、その他の宝物を観て回った。ただし、金堂、夢殿の仏像は御堂の奥の光があまり当たらない場所に置かれて、網戸で守られた隙間から眼を凝らして見ないといけないので、大変だった。視力と集中力と想像力を必要とする拝仏であった。聞くところによると、法隆寺では断りさえすれば、ペンライト、懐中電灯を持ってきて仏像の御顔を照らして観ることが許されているとのこと。そうでもしないと本当に限られた時間に普通に観ることはできないだろう。 境内のあるところでは法隆寺秘宝展も開かれていて、色々観たいものはたくさんあったが、時間は限られている。集合の11時半までに残す時間はあまりない。そろそろ戻らないと、と思っていた時、ゆったりと歩いておられるゆたかさんにお会いした。今からゆっくり戻れば間に合うようでほっとした。 ともかく、この朝の法隆寺吟行は小春の好天気に恵まれ、私自身の俳句の出来不出来は抜きにして、心の底から平和で清々しい気持ちにさせられた。まさに、信之先生のお句にあるように「冬晴れの天賜わりし法隆寺」でした。
(第3次句会)
最後の句会(法隆寺吟行句会)は先に触れた食堂「志むら」の2階で行われた。
12時までに5句出句ということで、みな今観てきたことを句にして出す訳だが、
食事が準備されたテーブルの傍の、別の丸テーブルで短冊に1句ずつ書き、計5枚
提出。こんな場合電子辞書は大変便利だと思った。お貸しいただいた孝子さん、七栄さん有難うございます。私は例によって、あまりにも色々な印象を受け過ぎて、それを句にまとめることができない。ともかく、メモしてきたノートから拾い集めて1句ずつ短冊に書いていき、5枚を時間内に書き終え提出した。これぞという句は1つもできなかったが、まあいいやと言う気持ちでお料理の前に座った。もう大方の皆さんは既に、自然にお食事を始められていた。お料理にはご当地名産の柿の葉寿しがあり、(中身は開いてみないと分からないのも面白い)とても美味しくいただき、希望者はビールもいただきながらの昼食だったので、自然に色々な会話が弾んだ。俳句の仲間だから当然、季語に話が及び、今、口にしている柿の葉寿しはいつの季語になるか、桜餅はいつの季語かとか、法隆寺で目にした几帳の話だとか、月を詠むことの難しさだとか、さまざまに及んだ。この話は食後の句会にも続いたが、締めの句会の司会は萬地郎さんでした。皆それぞれに慣れたもので、参加者17枚の清記済みの用紙が流れ、それぞれが選句している間にも先ほどの話が続き、ジョークも出たりするなど、賑やかな雰囲気で行われた。また、信之先生は初めての方に進んで話しかけられていた。今回も選句者自身が披講し、1句にコメントを付けるというやり方だったが、参加者の皆様、大変上手に詠まれていて、同じ所を歩いて、大体同じ景を目にしているので、ああこんな風に詠むといいなあという句が多く、5句に絞るのは大変難しかった。私自身、少し偏りがあるかもしれないが、自分の気持ちが詠まれている句を自然選ぶ結果になった。その時の選句の1部と、私の句を3句、次に挙げて報告の締めにしたいと思います。
冬晴れの天賜りし法隆寺 信之
冬日燦燦寺苑のひろびろとして平ら 信之
塔影を踏みて小春の法隆寺 ゆたか
私の句
冬晴れや伽藍への道真っ直ぐに
梵鐘の冬青空に沁みゆけり
残る紅葉散り敷く紅葉桜大樹
皆様、素晴らしい吟行句会を有難うございました。