初夏の旅―京都吟行記― 2001・5・26〜5・27 八木孝子
まえがき
これは個人的な紀行文ですが、高橋信之先生はじめ同行の句友の方々の句会あるいはインターネットの水煙の掲示板に発表された俳句から、同じ風景に触れて共感を覚えた句を引用させていただきました。ご了解いただけますようお願い致します。作者名のない句は、書き手本人の句です。
早起きの苦手な私は目覚ましをかけて朝、5時起床。
・溝浚えの音に目覚めて旅リュック
6時14分発の特急列車で京都に向かう。車窓の風景を楽しむのも旅の楽しみのひとつ。最後の一枚を辛うじて買った指定席は先頭車両の一番前の座席。車窓は色づいた一面の麦畑。朝の曇り空がだんだん晴れていく。
・ 河川敷青々育つ夏野菜
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白鷺の数羽降り立つ朝の田に
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1号車1A座席麦の秋
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大広間成して車窓の麦の秋
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上洛の雲晴れていく麦の秋
10時過ぎ、京都着。地下鉄で東山下車。地上に出ると陽射しがもうかなり強い。コンビニエンスストアでオレンジジュースと夏帽子と紫外線予防のための白い手袋を買って平安神宮へ向かう。京都の朝の町のシャッターを開ける音が心地よい。
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夏萩や老舗のシャッター開ける音
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花菖蒲の色紙飾れり京菓子舗
平安神宮の鳥居をくぐる。新緑の中、朱色がひときわ鮮やかである。左手に京都市立図書館。前庭に桂の若葉がみずみずしい。隣りは小公園になっている。親子づれの遊ぶ姿が見られる。小さな白い花をつけた木の間から、小さな目白が顔を出す。あっと思う間にとりはもう飛び去っていった。大通りを渡ろうとすると、左手から鼓笛隊の勇ましい音が聞こえる。警備の人の話では消防隊のデモンストレーションだという。
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緑さす鳥居の朱色朝の京
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若葉透かして図書館のシャンデリア
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野球帽うしろまえなり砂遊び
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鼓笛隊若葉の京を整然と
朝の平安神宮は割に静かであった。集合の時間に余裕がないので、お参りをしてすぐにゆたかさんのお勧めの神苑に入る。万葉植物を駆け足で見て、睡蓮の花の池へ。河骨も花をつけている。外国人のカップルや一団の姿も見られた。
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睡蓮の赤白黄色朝日受け
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睡蓮や飛石を跳ぶ若カップル
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河骨や板橋歩むゆずり合い
大急ぎで一巡りして入り口へ戻ると、もう蹴上駅の集合時間。急いで幹事のゆたかさんに電話を入れる。直接、南禅寺に向かいそこで皆さんと落ち合うことにしてもらう。タクシーで5分あまり、南禅寺の山門前でしばらく待つが、皆さんの姿がなかなか見えない。もしかして場所間違いではと気になっているところへ、外からではなく、南禅寺の中から歩いてこられる一行の姿が見えた。三門違いだったのだろうか。ゆたかさん、高男さん、萬地郎さんとは顔なじみの挨拶を、康子さん、安丸さん、音羽さんとは「はじめまして」の挨拶を交わす。南禅寺は青葉若葉一色で若楓が美しかった。三門と水路閣、石庭を見学。琵琶湖から流れてくるという水路閣にのぼってみるとかなり速い流れであった。琵琶湖と京都との海抜の違いをすぐには実感できなかった。
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おみくじのひとつ結われて若楓
・ 吟行の「初めまして」の汗を拭く 和俊
・ 三門に立てば寄せくる若葉の気 ゆたか
・ 東山三十六峰青滴る てつじ
・ 夏の気の高さを冷やす水路閣 和俊
案内のゆたかさんについてゆっくりと北へと歩く。道中、句帳にメモをとっている人、頭の中へ情景をインプットしている人、いろいろ。
先生たちの到着がすこし遅れるということで軽い昼食を取ることになった。細い小路を入った小さなお店に入る。カレーライス組、うどん組、アイスコーヒーの人。店の女の子がしきりに石鹸を勧める。誰も耳を貸さない。ランチをとりに入った者に、石鹸を売らんかなとは興ざめである。私たちはだまされないけれど、京都に憧れてきた人たちに悪いイメージを与えてしまうではないかとちょっと気になる。店を出てから萬地郎さんがペットボトルを忘れたといって店へ引き返す。きっと再度、石鹸の押し売りに攻められて心優しきコスモポリタンはどう言って断られたのであろうか。
・吟行へペットボトルは冷茶とす 萬地郎
腹ごしらえが出来て、いよいよ哲学の道へ。疏水べりの並木の桜は老いて支えがあるものも見られたが、小さい実が黄色、赤、濃い紫の色をつけていた。疏水にはハヤが泳ぎ、貝がおり、向こう側の土手には蛇やかえるがじっと動かない。時にはまくなぎが進路を阻む。まくなぎはかわいい康子さんの目が特にお気に入りのようだった。看板によるともうすぐほたるの道にもなるらしい。てつじさんは植物図鑑を持参しておられる。えごの花の呼び方が話題になる。私がこどものころから呼んでいたのは「ちしゃ」だった。音の響きには個人の好みがあるようだ。哲学しながらとはいかないけれど、道に咲く花や小動物にみんなで立ち止まりながらあれこれ語り合い歩くのは吟行ならではの楽しみであろう。
・幾太郎の歩幅に添いぬ五月川
・桜の実色にぎやかに熟れゆけり
・まくなぎを打ち払いつつ疏水べり
・木の花の白きさまざま京の道
・蛇蜥蜴思索モードの疏水道 高男
・時計草ゆっくりきざむ京の午後 和俊
・哲学の道ほうたるの道となり 和俊
・先哲もカンカン帽で歩まれし てつじ
・ハヤの腹紅く疏水に流されり 康子
・哲学の真理は一つ夏木立 ゆたか
・俳句子は年を明かさず夏帽子 ゆたか
銀閣寺へ着く。高橋先生と松山から見える方たちは到着がすこし遅れられるということで、私たちは各々銀閣寺の庭を散策する。といっても、大勢の参拝者で庭を散策するという感じではなかった。陽射しがかなり強くなっていた。銀沙灘はかつて見たとおりだったが、建物の老朽化がかなり進んでいて驚いた。木陰の坂になったところの落ち葉を掃いている人にねぎらいの声をかける。苔を傷めないために、2,3日に一回は掃いているということだった。
一巡して出口にくると松山から先生のご到着なさったことを聞いて、庭内に戻る。
青葉の中で、信之先生、弘子さん、洋子さんにご挨拶をする。
・ 椎落ち葉掃きいる人に椎の降る
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師と交わす挨拶初夏の銀沙灘
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銀閣は素にして庭の暑さかな 萬地郎
整然としたところでは私はなかなか句が出来ない。
銀閣寺から出ると、お土産物屋さんが並ぶ。立ち寄って手にとりたいこまごましたものを横目に見ながら、皆さんの後について遅れないようにタクシーに分乗し、研修宿泊の関西セミナーハウスへ向かった。
・ 万華鏡京都の初夏の色踊る 和俊
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愛らしきみやげ様々青葉の影に 康子
宿泊のセミナーハウスの前庭の満開の山ぼうしの花が私たちを迎えてくれた。
緑の葉よりも花が多い、こんなにも花のたくさん付いた山ぼうしに出会ったのは初めてだった。簪のように花が連なっていて見事だった。
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簪にしたき花なり山ぼうし
高橋先生の俳句の書を囲んで句会が始まる。初めてお目にかかる人も含めて総勢17人、顔をゆっくり拝見する間もない。選句の間を縫って主宰からそれぞれに親しくお声がかかる。あわただしく投句、清記、選句、互選、主宰の選の発表と息つく暇もないいそがしさだった。句会の後、ゆっくりと先生の展覧会を鑑賞する。俳句と書が相俟ってゆったりと心を和ませてくれる。
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夕暮れのひときわ明るい山ぼうし
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推敲のふたたび三たび窓若葉 ゆたか
夕食の後、部屋で懇親会。主宰のお点前の抹茶をいただく。正子先生が準備してくださったあやめの抹茶椀で。松山からの一口羊羹に添えて、富山からの「月世界」も皆さんに味わっていただく。主宰の信之先生を囲んで夜遅くまで俳句談義が続いた。先生初め句友の皆さんの俳句への深い思い、熱い思いを知る。
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夕涼や師のお手前の濃きみどり
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じゃんけんで決める寝床や初夏の旅
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短夜の句談義熱しふすま越し
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句談義の夢の中まで夏の星
翌朝、6時起床、雨であった。照代さんが縁側に座って句帖を開きながら句想を練っていらっしゃる。昨夜は気づかなかったが、庭のすぐ目の前が能舞台になっていた。
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若葉冷ゆセミナーハウスの能舞台
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蝸牛角の指す先能舞台 照代
天気予報を聞いて雨はないと思い、荷物を減らすために傘は持っていかなかったので、帽子をかぶって朝の吟行に出る。もう朝の吟行から帰っていらっしゃった信之先生に前庭で出会う。山ぼうしの雨のしずくを受けながら道を下っていくと、山鳩のくぐもった声が遠くから聞こえてくる。「ででっぽっぽう、ででっぽっぽう」と哀愁を帯びて。幼い頃に祖母から聞いた「山鳩が鳴くと雨になる」という話を思い出す。野菜畑がひっそりと雨に濡れていた。
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山ぼうしのしずくにぬれて朝散歩
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比叡のふもとに山鳩鳴けり走り梅雨
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麻服を濡らして歩む朝の京
・ 早起きの目に満開の山ぼうし 信之
・ すくすくと育つものあり青葉の京に 信之
・ 一泊の旅の朝なり茄子の花 弘子
・ 麦藁帽朝の挨拶して通る 佐夜子
・ 吟行に人出払いて蝸牛 高男
・ 芍薬の花びらすべて雨を抱き 有花
・ 山青葉鳥の鳴く音に明けてゆく 恵子
・ 雨に鳴く鳥どりに老鶯も居て 佐夜子
・ 夏だいこん引きし人あり京の野に 康子
・ 音吸いし青苔ありし曼殊院 和堂
曼殊院の門はまだ閉じられている。向かい側の道を降りて天満宮の石の鳥居をくぐる。
鳥居にも石灯籠にも小石がたくさん積まれている。奥のほうから澄んだ鳴き声が響く。池には鯉のはねる音。弘子さんと私の話し声を聞きつけてか、池の中から亀が顔を出し餌をもとめて寄って来る。庭の青梅にかわいい実がなり、海芋の白い花と黄菖蒲がひっそりと花とつけていた。河鹿の声に惹かれて奥に入ろうとすると、「これより先は危険ですから入らないでください」録音テープの声に立ち入りを禁じられたのであった。
・ 青梅の葉陰に丸し京の雨
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石積みし鳥居をくぐる若葉雨
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海芋咲く蘂の黄色に小糠雨
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鳥居くぐれば河鹿のコーラス迫り来る
・ 青時雨句帳の文字のにじみけり
・ 古稀祝う京に河鹿の多重奏 ゆたか
・ 参道の坂は濡れずに青葉雨 英一
・ 洛北のみどりの諧調雨に濡れ 高男
一巡りして戻ってくると洋子さん、康子さんと一緒になる。洋子さんのピンクの傘に入れてもらう。セミナーハウスのすぐ裏は見事な竹林だった。ぎっしりと散り敷いた竹落ち葉を踏むと微かなクッションが心地よい。落ち葉の中の棒切れが蛇の形で私をぎょっとさせる。言葉を交わしている間もひらりひらりと竹の落ち葉が散る。正子先生の句「竹落ち葉わが胸中を降るごとし」が実感として鑑賞出来るようになったことがうれしい。奥へ奥へと歩んでいく康子さんの姿がヒロインになる。まさに幽玄の世界だった。
・ 竹落葉奥へ奥へと踏み入りぬ
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踏み行けば棒切れ蛇や竹落葉
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ヒロインになって踏み行く竹落葉
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足裏に語り来る声竹落ち葉
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若竹のふと匂いけり京の雨
・ 踏み行けば竹の落ち葉の柔らかさ 英一
・ 見るかぎり竹の落葉の起伏なり 洋子
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踏み沈む山の小径や竹おちば 萬地郎
朝食で鳥の鳴き声の聞きなしの話題が出る。鳥博士の高男さん、山歩きの好きな有花さんが本領を発揮。
2回目の句会。皆さん朝吟行の成果を披露。同じ風景をみながらそれぞれ目に付いたもの、感じたものの違いがわかり、新鮮。これが吟行の醍醐味であろう。
今回の吟行で私にとっての一番のハイライトは竹落ち葉であった。こういう風景に出会ったことは貴重な体験であった。
なごりを惜しみながらセミナーハウスの玄関で別れ、各々の帰路へ。
・山法師てのひらこぼる旅愁かな 洋子
・別れの日一輪こぼる山法師 照代
曼殊院で先生、弘子さん、洋子さんたちとお別れし、詩仙堂で高男さん、萬地郎さんたちと別れて、康子さん、和俊さんとともに、英一さんの車で京都駅まで送っていただく。京都駅で康子さんと別れて帰路についた。
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だんだんに減ってひとりの初夏の駅
あとがき
ものに接してすぐにできた句、旅から帰って推敲をしてまとまった句、句友の句に触発されて出来た句、何年かして出来るであろう句、一句のでき方もいろいろであるのも興味深いことである。同じものに接して句友の句を読むことによって、心の動かされ方の違いや表現のしかたの違いを知ることは吟行の大きな楽しみであることを改めて思う。ご指導くださった高橋信之先生、お世話くださった幹事の野田ゆたか様、碇英一様、吟行句会にともに参加させていただいた句友の皆様、ありがとうございました。またいつか皆様にお目にかかれる日を楽しみに
2001.6月記