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青紫蘇のからりと揚がり夕べ来る/藤田洋子夏のまだ明るい夕べに、さわやかな香りの青紫蘇が、てんぷらにされて、明るい生活が詠まれている。。こんな夏の夕べは、楽しい。(高橋正子)
麻暖簾「どぜう」とありて雲厚し/林 暁兵蒸し暑そうな雲が出ているが、「どぜう」とかかれた食事どころの麻暖簾に出会い涼味を感じた。あつあつのどじょう鍋も、麻暖簾も夏らしい庶民のいい生活である。(高橋正子)
冷や奴飾る葉っぱを日替わりに/芦本照代 冷や奴に、心遣いの涼しげな葉っぱが飾られていれば、うれしく思う。青楓などのほかに、どんな葉っぱを添えるのだろうか。明日の葉っぱを思って見るのも楽しい。(高橋正子)
竹涼し青き日差しの幾筋も/堀佐夜子 「すずしさ」というのは、こういうことを言うのであろう。精神的な涼しさへとつながっているところが、凄い句である。(高橋正子)
緑陰の一つの影を連れて出づ/小峠静水緑陰に同化した自分の影を引き出すように連れて出る。巧みな句。自分の影が失われなかったことに、涼しさと実在が意識される。(高橋正子)
静岡県・寸又峡視野高く置きて寸又の星涼し/野田ゆたか 「視野高く」で、星の涼しさが、十分に感じられます。「寸又」の固有名詞が状況を明確にし、「星の涼しさ」を作者独自の感興としているのが、いいと思います。(高橋正子)
青年ら鮎を食べんと畳の間に/高橋正子 生きの良い青年達が、生きの良い鮎を開け放された畳の部屋で食べる。酒も良し、話も乗って、若い座の楽しさが伺えます。(霧野萬地郎)
スケッチの目を夏雲の湧くあたり/八木孝子 スケッチの、軽いタッチそのもののような俳句ですね。「目」が「湧くあたり」に定まってさぞ、いいスケッチができたことだと思います。その絵をそのうちご披露ください。楽しみにしています。上高地の句、どれもいいですね。(高橋正子)
青空に涼しさこぼす大水車/阪本登美子清流と飛び散る飛沫が気持良さそうですね。関西にいた頃、水車を訪ねる旅に参加したことがあります。水車を動力源としていろいろな仕事をしているのを見ると、心の中からさわやかになります。(伊嶋高男)
もぎ立ての玉蜀黍を掌に/堀佐夜子なんでもない句ですが、こんな句が好きです。(評:高橋信之)
次々と雲来て青嶺ゆるぎなき/吉田 晃 「青嶺」の夏は、ゆるぎなき活動の季節であり、「ゆるぎなき」ものは、作者の願いでもあろう。(評:高橋信之)
イタリアで泳ぎし話し風通る/古田けいじ 日常を語ってリアルである。「風通る」が生きた言葉で、「イタリア」がリアルなものとなった。(評:高橋信之)
玉葱の白盛り上げて平皿に/藤田洋子 日常の生活を詠んで、さりげない句であるが、レベルが高い。「玉葱」は、夏の季語で、季節感豊かな句。(評:高橋信之)
曲がり角酸漿ちょっとだけの赤/古田けいじ自句自解都会にいると、自然にはなかなか恵まれない。中心部に住む人は、店先に植木鉢をおいて花を楽しんでいる。高層ビルの事務所を出た所にある薬局の店先に酸漿が植えてあり、少しだけ赤がきていた。なんだか懐かしい気分になった時、詠んだ句。
夜店の香父の思い出肩車/堀佐夜子自句自解歩く事の出来なかった私を2Km余りある夏祭りの夜店まで重いなぁと言いながら連れて行ってくれた思い出、祭の独特の匂いが懐かしく思い出されます。
見えているところは青田夜も昼も/相原弘子青田となるころは、辺りの景色も落ち着いて、本格的な梅雨となります。水田の美しさを目の当たりに出来る心楽しさのある俳句と思います。(高橋正子)
夏袈裟の僧が書を読む縁の角/古田けいじ自句自解合唱の臨時練習に西別院へ。本堂の回廊に、若い僧侶が黒い袈裟を纏って、涼を取りながら本を読んでいた。ちょっとは慣れた所からだったが、夏の袈裟が、練習に疲れた目には如何にも涼しげだった。
講壇の花当番や夏深む/阪本登美子自句自解大輪の百合を壷いっぱいに活けた。香りと共に涼しい風が会堂内を吹き抜けた。
もくもくと雲影荒し花ユッカ/堀佐夜子自句自解先の家の庭先に父が植えたユッカが入道雲に向かって行く様に花を付けました。きっと父の私への無言の励ましのユッカでは無かったかと今にして思うのです。
鳥近く山への遠雷共に朝/森 隆博自句自解早朝よりの遠雷、停電を心配しながら窓を開けると心配するなと快い、清々しい鳥の声が飛び込んできた。緊張を解く一日の始まりです。
花茣蓙を広げ匂いの上がりくる/藤田洋子 自句自解夏を感じる匂いもいろいろありますが、い草の香りは何とも心地よいものです。去年より少し色あせて感じる花茣蓙もその冷ややかな肌触りや清しい匂いは、今年もまた涼味を誘ってくれます。
黒揚げ羽顔面突如襲いきし/野上哲斉自句自解いつもは優雅に羽ばたく蝶々の不気味さを發見。
孔子廟合歓の花咲く石に座す/野上哲斉自句自解ガイドの話をよそに、合歓の花を仰ぎ石に座す。
縞立てて西瓜を車内へ持ち込める/相原弘子 自句自解途中の駅からの乗車の人。ホームに立っている姿は、西瓜をさげていると、窓越しにわかった。よく熟れた重さが縞模様に感じ取れた。
バスの後ろ揺らし入りゆく青山河/高橋正子「青山河」の季節感を生かしているのが、「揺らし入りゆく」とした動詞の畳み掛けである。「揺らし」、「入り」、「ゆく」と畳み掛けた言葉のイメージとリズムに動きがある。いきいきとした流れがあって、「青」の季感が生きてきた。「バス」と「山河」の取り合わせも無理がなく、いい風景である。(高橋信之)
茄子三つとまと一つ収穫す/林 緑丘 句が軽くて、いいですね。平明で、はっきりしています。(高橋信之)
岩窟の滴りを頭に阿弥陀仏/上出真佐子名詞の多い句だが、それを生かして、しっかりした句に仕上げている。(高橋信之)
万緑の中を歩むほどに生まれ変わる 鳩崎良一 鳩崎さんは本当は、自然が好きな人と思う。それは、お子さんを読んだ俳句からわかるように。静かに見守っていながら驚くのである。この句も万緑に身を浸しながら、つまり思考しながら、変わる自分に驚くのである。自然とともに思考できる良さをもっている人の句であると思う。(高橋正子)
でくのぼう入道雲を見上げたり/有吉孝史 「でくのぼう」は自分自身のこと。自分自身の今あるところを、こう言い切れる潔さは、精神力の強さを示していてなかなかである。湧き上がる入道雲に象徴されるように、すでに精神は静かに上へ向かっているのである。自分の実在を時の流れより切り取った若々しい佳句。(高橋正子)
夕焼けのある方向に僕は帰る/森竹智則 若者らしい句であって、自分の存在をはっきりさせているのがよい。(高橋信之)
涼しくて杜のなる音聞いており/祝恵子杜の音が、いかにも涼しげ。しかし、杜の音は、どんなのだろうと、また、逆に思ってしまう。(評:高橋正子)