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ヘリコプター赤い線みせ冬空へ/祝恵子 赤い線まで見えて冬空へ飛び立ってゆくヘリコプターを 、間近で見た驚きが、明るい気持ちとなっている。空へ 気持ちが明るく広がっている。(高橋正子)
冬木立あちこち巣箱現るる/相沢野風村 すっかり葉を落とした木立に、高々と現れたのは巣箱。 葉が茂っていたときは隠れていたものが現れて、意外に も楽しい光景となった。冬の明るさがよい。(高橋正子)
レモン一つ冷たき丸さ渡される/碇 英一 「レモン」である前に「冷たき丸さ」。感覚的で好きな 句です。(宮地ゆうこ)
空風に角張りて干す潜水着/平野あや子 漁を終えて、肩を持ち上げるように干された潜水着だろ うが、その角張った独特な形の形容が目に楽しい。潜水 着を脱いだ人は、しなやかな人間の肉体だろうし、その 対比も面白い。季語「空風」がよく効いている。(高橋 正子)
冬山の見え路地裏の硝子工房/篠木睦 硝子工房で生まれる硝子のもの、いろいろと、冬の山と の対比がいいですね。(高橋正子)
木枯らしが吹いてくっきり夕の富士/田中輝男 木枯らしが吹き、塵が払われて、はっきりと夕富士が見 えたというのですね。視線が富士山に集中しているとこ ろがいいですね。(高橋正子)
カレンダー一枚となり冬座敷/冬山蕗風 作者の思いが静かに伝わってくる。過ぎ去った一年の思 いが「カレンダー一枚」に残された。(高橋信之)
髪洗う耳に木枯し届きけり/多田有花 髪を洗うときに耳の辺りが一番ひんやりするが、そこに 木枯らしが吹く音が届いた。「耳に届く」は、リアル。 季語は「木枯らし」。(高橋正子)
宅配でずしりと届く白蕪/古田けいじ ごろりとした大きな蕪が、無骨に見えていながらみずみ ずしい。宅配で届けられるところが、現代生活というと ころであろう。(高橋正子)
顔ほどの冬日と歩き暮れてゆく/宮地ゆうこ 上五の「顔ほどの」は、従来の俳句にあまり見られない 表現だが、「冬日」を身近に引き付けたので、現代風で リアルな俳句。(高橋信之)
障子開け日本海を近づける/大給圭泉 旅の宿であろう。障子を開けたときに見えて、自分に迫 る冬の日本海への新鮮な驚き。その驚きが読む者をそこ へ連れて行ってくれる。(高橋正子)
山を出づ冬月大きく真正面/池田多津子 山を出たばかりの月が煌々と輝いて、真正面にあるとい う感動が大きい。秋の月よりも厳しく澄んでくる冬月が 、心の内まで照らしているようである。(高橋正子)
森騒ぐ音の近けり北風吹く夜/おおにしひろし 耳を良く澄ませ、気持ちを一つの方向に向けた詩情のあ る句。北風の吹く音に、生きている森を感じた。(高橋正子)
白息を集めて手配師点呼取る/野田ゆたか 生きていくことのギリギリの営みが寒さの中の白息に表 れています。(碇 英一)
道閉じて深い眠りの山となる/河ひろこ 冬の間、山の道は封じられて、山は人と別れるように深 い眠りに入る。北国の冬にむかう詠み手の心用意に厳し さと深さがある。(高橋正子)
良き人の訪ねて来たり冬夕焼け/岩本康子 良き人は、心許せる穏やかな人であろうか。不意に訪ね てきてくれて、嬉しさに冬の夕焼けもいっそうきれいな ものになった。(高橋正子)
混ぜ合いの暮らしの音や十二月/霧野萬地郎 忙しさの中にも楽しさがあるのがいい。(高橋信之)
冬の夜のオリオンを背に風見鶏/安増惠子 「風見鶏」に絞られている焦点がいい。「冬の夜」のひ ろびろとした世界に心を遊ばせた。(高橋信之)
冬遍路笠に朝日をもらいつつ/日野正人 早立ちの遍路は、上から差す朝の日を先ずもらう。遍路 笠は、その形から日を滑らせるように受ける。「もらう 」は、遍路の身であれば、なおさらの感慨。(高橋正子)
南天の実を密にして日を弾く/藤田洋子 南天の実の輝きが、確実に詠み込まれている。「密」「 弾く」が、写生の確実さ、観察の確かさを伝えている。 (高橋正子)
大根に水切る如く刃を入れる/戸原琴 みずみずしい大根を切る感触を、このように「水切る如 く」と言った。大根の太さ、みずみずしさは、やはり冬 の季節のもの。
柚子風呂を沸かしなさいと一抱え/碇 英一 やや押し付けがましい行為だが、思いやりのある行為。 こういわれると、柚子風呂をたてなければならない気に なる。それが、無病息災につながるのだから、いいでは ないですか。口語が面白い効果を出している。(高橋正子)
日々冬菜茹でてみどりを滴らす/柳原美知子 毎日の台所仕事の中での楽しみですね。(脇 美代子)
聖イヴの大き絵本を子に広げ/高橋正子 クリスマスにふさわしい絵本は、いくつもあると思うが 、ここに広げた絵本は、「てぶくろ」というロシア民話 の話だと記憶している。幼い子が、脚など伸ばして、大 きな絵本を読んでいる姿は、かわいらしい。
長靴の泥を洗いて冬清水/守屋光雅 冷たく澄んで張り詰めた冬清水が、長靴の泥を洗って、 生き生きとしている。(高橋正子)
枝々に桜冬芽が淡き空に/福田由平 桜にはもう冬芽が育って、淡い空の色にくっきりと小さ な芽の姿が見える。透明感のある句で、冬にもこんなに やさしい風景がある。(高橋正子)
大屋根を木枯し越えて雲に入る/大石和堂 大きく吹く木枯しが、空間の大きさ、高さ、広さを十分 感じさせてくれている。木枯しの行方を雲としたのは、 一見平凡なようだが個性的。(高橋正子)
大根を包む新聞濡らしけり/堀佐夜子 「新聞濡らしけり」は、大根のみずみずしさを言い換え てほかならない。水対する感覚といえるかもしれない。 いきいきして、フレッシュである。(高橋正子)
冬の虹隠岐の海より立ちあがる/加納淑子 「立ちあがる」虹は、片虹であろう。その虹によって隠 岐の海が寒々と、見えぬ水蒸気が上がっているように感 じられる。深い余情がある。(高橋正子)
冬晴れや大利根太く河口まで/小原亜子 利根川に沿って行ったのであろう。空もよく晴れて、利 根川も坂東太郎というだけに、堂々と流れていて力強い 。句が巧まず、堂々としているのがよい。(高橋正子)
ここでも子ら笑う大晦日の湯舟/高橋信之 自句自解 昭和45年の作。この頃の借家には浴室がなく、誰もが 銭湯に出かけた。この句に出会うと、その日の情景があ りありと浮かんで、子ども達の笑い声が聞こえてくる。 懐かしい思い出の句。