■俳句カレンダー/1999■

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【1月】

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【1月】

1日(金)/元日

初明りしたまいて慈母観音像 川本臥風



 「初明り」という美しい言葉で新年の清らかさを教えてくれています。また

「寒清し床に白磁の観世音」という句もあって臥風先生の心の向かう先が念仏

の世界で、これは先生の身ほとりにある世界のことでした。(高橋正子)


2日(土)

風吹いて正月二日となる夜に 高橋信之



自句自解

元日の夜は静かである。家族も寝静まると、なお静かになる。ひとりの刻の充実に浸り、

少しの風音にも聡くなる。


3日(日)

誕生日正月三日の眉月に 高橋正子



自句自解

誕生日と言っても、正月三日なので特に感慨はない。眉月が印象に残っただけの、

ただそれだけの誕生日だった。


4日(月)

凧上げの親子陽のある川べりに 八木泰子



河原や川べりには電線がないので、凧上げの広場となる。「陽のある」という言葉によって

親子のなごやかで、楽しげな様子を知ることができる。「親子」と「陽のある」が見事に切

れ、俳句の切れ字をうまく生かすことが出来た。付かず離れず、である。(高橋信之)


5日(火)

仕事始め雑巾を十の字に刺し 細見綾子



事務始は1月5日だが、この句は5日にこだる必要のない家事の初仕事であろう。

主婦のこうした仕事も日常生活で見かけることも少なくなった。(高橋信之)


6日(水)

六日はや睦月は古りぬ雨と風 渡辺水巴



睦月(一月)の五日は仕事始め、職場での新年の挨拶をすます。六日からは、日常の仕事が

始まり、正月の気分も消える。「雨と風」は日常を象徴しているので、作者の生活が身近に

感じられる。(高橋信之)


7日(木)

旅装解き七草粥を温く食す 西垣脩



正月早々からか、あるいは年の暮れからか、旅を終え、家庭の暖かさのなかでほっと一息ついて

いる。下五の「温く」で作者の思いはすべて語られている。(高橋信之)


8日(金)

一月やほとけの花のゆきやなぎ  久保田万太郎



一月をゆったりと過ごす文人久保田万太郎の姿が目に浮かんでくる。部屋内の仏壇であろう。

ゆきやなぎが、とらわれのない姿で風に吹かれているかのようである。(高橋信之)


9日(土)

葉牡丹の柔らかく大気を包み 丹下 都



正月の穏やかな空気を包み込んで、正月らしい姿の葉牡丹が庭を飾っている。作者の柔らかく

大きな心も伺える句である。(高橋信之)


10日(日)

菓子買ふや十日戎の風の中  桂 信子



戎神は七福神の一で、商売の神様といわれ、西宮の戎、大阪の今宮戎、京都建仁寺門前の蛭子

神社などが有名で、十日戎の日の沿道には、小笹にいろいろの宝物をつるしたものを売ってお

り、それを戎笹、福笹などという。風の中で菓子を買う気分は、まだ正月が抜けきらない十日

戎の雰囲気に合うのである。(高橋信之)


11日(月)

初場所や花と咲かせて清め塩  鷹羽狩行



昨日から初場所。国技の大相撲は、国民的人気がある。欧米の興行でも人気がある。

お相撲さん達の無邪気さ、勝負の黒白の明確さ、とにかく分かり易いのがよい。これらを象

徴しているのが清め塩であろう。観客にとっては、宗教的であるよりも感覚的な好みなので

あろう。(高橋信之)


12日(火)

この世は愉し冬木に声かけてゆく 長島玉子



一人の世界を楽しんでいる句。一人の世界を楽しめば、世俗的な思わくなどが働く余地はない。

それで楽しいのである。それが良いのである。(高橋信之)


13日(水)

ラガーらが檸檬の甘さ噛んでいる  渡邉道朗



ラガーらが力いっぱい闘った後の檸檬の甘さはまた格別である。疲れが取れるのである。正月

の国立競技場は、春着姿の若い女性で賑わい、ラグビーの日本一が決まる。(高橋信之)


14日(木)

カーディガン月光に冷え明日成人 高橋正子



からりと澄んだ感じを与えます。あす成人、ということで感傷的になって月光の中を歩きま

わった、というような事ではなくて、何かの用事で月光の中を行っている間に、あす成人、

ということがはっきりと意識されたのでしょう。清潔な感じがします。(川本臥風)


15日(金)/成人の日

小豆粥祝ひ納めて箸白し  渡辺水巴



正月15日には、小豆粥食して健康を願う。この日を粥節句と呼ぶところもある。粥に浮かぶ

小豆の赤と箸の白さが対照的で、心身のすがすがしさも一入である。(高橋正子)


16日(土)

大き瓶据えられ寒の空気を充たし 高橋信之



自句自解

亡き臥風先生のお庭に据えられていた古備前の大き瓶である。人間が二人ぐらいはすっぽり入る

ほどの大きさで、その素朴な色やふくらみは、一つの完成した美しさを持っていた。夏の土用に

は土用の空気を充たし、冬の寒には寒の空気を充たしていた。


17日(日)

松の雪落ちたる雪のくぼみけり 坂本謙二



首都圏は大雪とのニュースである。大都市ならではの混乱がある。東京の樹木は、ねばりが

なく、雪を被って雪の重さでよく折れてしまうというが、この句の松は、ねばりのある田舎

の松であろう。(高橋信之)


18日(月)

万両やつねのこころをたいらかに  森 澄雄



万両のつぶらな赤を見ていると、誰もが野心や名利を離れ、平常心に戻っている。(高橋信之)


19日(火)

急行の速度に入れば枯れ深し 西垣 脩



従来の日本画風の俳句とは違って、遠近法の手法の俳句である。時間の動きによる画面の変化。

作者の内面の深さも見えてくる。近代俳句の一つの典型。(高橋信之)


20日(水)

おはようと冬の天から声の来る 松本 功



このような句を読むと、世の中の嫌なことも忘れて元気が湧いてくる。(高橋信之)


21日(木)

大根の首の青さを積み上げる 中野哲子



この句は、店頭でよく見かける風景だが、珍しい句だ。色や形のイメージがひどく鮮明なの

である。(高橋信之)


22日(金)

われを包む冬の大気のどこまでも 脇坂公司



冬のひろびろとした風景の中の一点景としての「われ」は、作者であり、「われ」と「大気」

以外のすべてを切り捨てたところに、この句の良さがある。(高橋信之)


23日(土)

「いのししあります」看板くるり雪もよい 谷岡一子



寒さも募る日には、ぼたん鍋などつつき、気のあった者同士が談笑するのもいいものです。

そうでなくても、この看板を見れば、そんな雰囲気を感じさせてくれます。ユーモアのあ

る句です。(高橋正子)


24日(日)

悴める手が一冊の古本抜く 篠崎圭介



いかにも読書家らしい句で、読み手を惹き付ける句でもある。(高橋信之)


25日(月)

木炭の黒のせいけつ一箱に 高橋信之



自句自解

「黒のせいけつ」といったところが私らしい句。「白のせいけつ」ではない。


26日(火)

まっすぐにまっすぐに雪の落ちてくる 吉田 晃



しんしんと降る雪に、あたりの深さ、時の深さを感じます。(高橋正子)


27日(水)

霜の朝バス待つ耳にピアス揺れ 古田けいじ



ピアスが揺れて輝くのは、霜の朝だからこそ。

清楚な女性の美しさでもあります。(高橋正子)


28日(木)

湯豆腐の湯気の中なる一人の餉 阪本登美子



一人の食事も、湯豆腐のあたたかい湯気で、気持ちがゆたかになります。(高橋正子)


29日(金)

猪猟夫背の色赤く山に入る 森 隆博



枯れ山に入っていく猟夫の様子に、古武士然とした風格があります。この季節の枯れの

深さです。(高橋正子)


30日(土)

侘助を手折りて妻を茶にさそう  林  緑丘



侘助は小さな花の椿で、咲いても蕾んだ感じは、茶人に好まれます。妻に差し出す一枝

の椿は、一服の茶の所望なのです。(高橋正子)


31日(日)

パン皿を白く弾いて冬灯し 相原弘子



身辺の日常を詠んで力強い。この強さを俳句の原点とみてよいであろう。(高橋信之)