■平田弘句集「翔ける」に寄せて □志賀たいじ・藤田裕子・岩本康子・臼井虹玉・池田多津子・甲斐ひさこ
①志賀たいじ 平田弘様、句集の発刊、おめでとうございます。 「翔ける」は平田様のご自分史を綴った戦争回顧の重みのある句から平和を象徴する明るく軽快な句、心優しい句 まで、時系を辿る幅の広い異色の句集であると思います。まだお会いする機会もなく、ネット上のこととて気易く ご年長の弘さまに句友として接しさせて頂いて居ります。 有難うございます。私は兵役はありませんが物心ついた 頃から戦時生活を体験して居りますので回顧句を含む多くの句は共感するものばかりでした。平田様の年代の方は 戦火を経て運良くご帰還されても、なお、戦後復興にも尽力なされた本当の平和の重みを身をもって体験された方 々です。私の兄もパラオから帰還した時は肉体的にも精神的にも立ち直るまで大変でしたので、心揺るがして句を 読みました。戦後60年の節目を、いま一度戦争を知らぬ世代に平和ボケならぬまことの平和を考え伝えるよすがに したいと思いを強くいたしました。以下幅広い句の中で特に心に残る句10句を挙げさせて頂きました。 ○梅林を透す日差しが空の色 空から梅林までの清らかな一景が見えてくる。梅林を透す日差しが空の色とみる感覚の鋭さが素晴らしいと思い ます。 ○花束の中より散らばる実千両 実千両とあるから正月の花の束と思われる。その花束から千両の実がパラパラと零れ、驚きの表情がある。可愛 らしい赤い実のこぼれる散る景が鮮やかに見えてきます。 ○煮凝を掬い上げるや朝ごはん 寒い時期には昔は自然に煮凝が出来た。冷蔵庫に入れた煮魚が煮凝る事がありますが、やはり寒い時期の魚の煮 凝と温かいご飯の旨さ好物にする者には何より朝食。温かいものと冷たいものの取合せが巧みと思いました。 ○かたばみの花そのままに抜かずおく 雑草を抜き取って居るとき、かたばみの可憐な黄色い花を見つけたのでしょう。抜かずにそっと残した作者の生 あるもの、また失はれゆくものへ、愛おしむ優しさを読み取れ好きな句です。 ○朱となりて連なり群れし木瓜の花 ○剪定の身軽き枝に風渡る ○蒲公英の姿整え風を待つ ○蓮根掘る節を連ねる逞しさ ○敗戦日迷迷として生選ぶ 戦争体験を胸に秘め運良く帰還された作者は中隊長である自責から戦死あるいは病死した部下戦友を思い、帰還 して猶筆舌に尽くせない悩みと苦しみ味われたことを推察する句で身に滲みます。 ○<出発の間際の高熱の教え子をテントに引き取る> 看取る友最後の叫びに母と言う (2005 08/18)
②藤田裕子 句集「翔ける」出版おめでとうございます。平成16年水煙大会東京句会で、平田様が部下の戦死や戦記の作成な ど話されたことを思い出します。句集を読ませていただいて、回想章の句や文章に、若き頃の世相や壮絶な戦争の 様子をまざまざと知ることができました。自刃か生か、苦悩された後の決断、「生きる」ことを選ばれて本当によ かったと思います。あの時代、お国のために戦わざるをえなかった青年達の苦悩を、今の私達は忘れてはならない と思います。そして、戦争を絶対にしてはいけないと後の世に伝えなければならないと思います。年月が流れ、平 田様は前向きに生きてこられ、80代に作られている俳句は、穏やかな静かな境地で詠まれていて、読者を清らか な世界へ導いてくれます。次に、好きな句から10句選ばせていただきまして、鑑賞させていただきます。 梅林を透かす日差しが空の色 梅林を透かして見る日差しを澄みきった空の色と見た作者、心が清らかでないと、仲々詠めないと思いました。 山葵田の水清ければ音も澄み 山葵田は冷たく清らかな水が流れています。その流れの音も澄みきって、心が洗われるようです。 五月雨に流れ清めし神田川 庶民の生活のにおいがする神田川、五月雨がその流れを美しく清めてゆくように降っています。 気高さを真直ぐに掲げ棕櫚の花 棕櫚の花は白くまっすぐ上に向かって咲き、そのさまは気品に満ちています。 敗戦日迷迷として生選ぶ この句は、苦悩された作者でしか詠めない句だと思いました。心に残る句です。 蓮根掘る節を連ねる逞しさ 蓮根の逞しい生命力への驚きがあります 切干の日向の香り母の味 切干大根の煮物を食べていると、含まった日の香りと共にお母さんの味つけを思いおこされたことでしょう。 花束の中より散らばる実千両 こぼれた実千両への思い、きっと、奥様を重ねられたことでしょう。 露営地を夜中に通る鰐の跡 露営地は鰐の恐怖にも見まわれていたのですね。四六時中、緊張感が伝わってきます。 看取る友最後の叫びに母と言う この場に居てどうすることもできない作者の悲しみ、ひしひしと伝わってきます。 句集を読ませていただきまして、有難うございました。母と共に、グァム島で戦死した伯父のことを偲びました 。これからも、お体を大切にされて、ゆっくり俳句を作られますようお祈り致します。(2005 08/24)
③岩本康子 平田弘氏句集「翔ける」を読んで 平田氏の句集「翔ける」を拝読して感じましたことは大変深く、短い言葉では語り尽せないものがあります。 氏とは2004年の「水煙」フェスティバル2日目、東京の芭蕉記念館での句会で初めてお会いしました。自己 紹介の席で、御自分の戦争体験を短いながらも少し苦しそうに語られたお顔が印象に残っています。私事にわた りますが、私の父も戦後、軍医としてロシア軍の捕虜になり、2年と少し、私ども家族と遠く離れたシベリアで 抑留生活を強いられました。父が帰国したのは、私が3歳の時で、その当時の様子は写真と母の話から知るだけ で、記憶は大変ぼんやりとしています。父も戦争体験についてはあまり語ってはくれませんでした。氏の戦地は 中国、ニューギニアで、お役目も大変違っていますが、それだけに戦争というものの本当の姿を克明に伝えられ ていると思いました。句集でありながら、時代背景の説明もよく分かり、学校の歴史の授業では決して触れるこ との出来なかった、生きた歴史を学ばせていただいたことを感謝致します。句集全編を通じて、氏の平和への強 い祈願が感じられ、愚かで、悲惨で、破壊以外の何ものでもない戦争に反対し続けることが、我々生きている人 間の務めだと強く思いました。 さて、氏の句についてですが、上述の戦争体験を回顧して詠まれた句、少年期の思い出、家族や、戦後の生活 を詠まれた句と、大変バラエティーに富んでいて、戦争体験以外の句は心和むものが多いですが、そこには作者 の優しいお人柄、人生観が表れていると思いました。 前置きが長くなりましたが、句集の中から特に心に残った句を挙げ、鑑賞も少し述べさせていただきたいと思 います。 (【鑑賞】を付けた句は最初の好きな句から省いています。) (好きな句) 春 春の田に色を灯して花筏 春日傘触れ合いゆける二人連れ 山葵田の水清ければ音も澄み 蒲公英の姿整え風を待つ 夏 新玉葱輪切りの角の確かなる 萍は風を友とし定まらず 枇杷の種蒔く子の夢の遥かなる 秋 若い穂の薄に思う少年期 出迎えはそこはかとなく枝豆の香 秋高し図書館に通う脚軽き 冬 炭継ぎて年輪に見ゆ火の進み 小春日や車椅子ごと日向ぼこ 風呂吹きや厚みを通す白さかな 除夜の鐘浪静まりませと印度洋 (家族への懐かしさ、愛を詠んだ句) 補虫網担ぐ後ろに父の影 野良よりの爺の夜話待ちかねる 切干の日向の香り母の味 妻田鶴子 花束の中より散らばる実千両 長女純子 獅子舞を手振り身振りで子に教え 【鑑賞】 ○ 菜飯もて和みの宴を締めくくり 戦友と会われた時の句とあります。戦友との友情は特別なものと聞きます。 菜飯で終えるという和やかな一時の後、再会を約束されたのではないでしょう か。 ○ 干草の日向の温み馬包む 戦地でもほっとする一時があるようですね。 馬もきっと幸せな一時でしょう。 ○ 敗戦日迷迷として生選ぶ ○ 短くも一日一善初日記 ○ あせらずに只ひたすらに田草取る 作者の決意、人生観、生活態度が表れた句だと思います。 ○ 茄子の苗己に見立て骨太に ○ 蓮根掘る節を連ねる逞しさ 作者は強く、逞しい生命力にも惹かれています。 ○ かたばみの花そのままに抜かずおく ○ 寒雀窓辺に来ては目をあわす ○ 日向に来羽膨らます寒雀 小さきものへの優しさ、愛を感じる句です。 ○ くるくると小鳥たわむる寒椿 赤い寒椿と小鳥の取り合わせがとてもよく、「くるくる」「小鳥」「寒椿」と「k」音の連なりが楽しい響 きを作っています。 ○ 麦の芽の活けて鋭気の穂先かな 青麦は活けても様になりますが、真っ直ぐに尖っている穂先を捉えて 「鋭気の穂先」と詠まれたところが、新鮮で冴えていると思います。 (終わりに) このように、好きな句を選んでいるうちに、氏が過酷な体験をされたが故に、 心にいつも重いものを抱えられながらも、一方、いつまでも少年の初々しい心を 持ち続けられていることが分かりました。 また、矛盾するようですが、句全体から 受ける印象は、さらりとした上質のお茶漬けの味といった感じだと思いました。 年齢とともに、自由な心になられていった証しでしょうか。 これからも、健康に気 を付けられて、末永く俳句を楽しまれることを祈念して拙文を終わらせて頂きます。(2005 08/19)
④臼井虹玉 このたびは、句集『翔ける』の出版おめでとうございます。 弘さんの御句は、心にある深い思い(過酷な戦争の思い出さえも)が、淡々と静かに詠まれていて、だからこそ 、作者の思いや言わんとすることが読者の心に自然に、そしてしみじみと伝わってきます。 回想句の章では、句のみならず、生い立ちから現在まで、大きな戦争を含めた世界の歴史のうねりを肌で感じ て生きてこられた日々をゆかりの方々のこと等を交えて綴られた文章を読ませていただき、たいへん有意義で した。 以下、特に心に残った句を挙げさせていただきます。 山葵田の水清ければ音も澄み 蒲公英の姿整え風を待つ すくすくと研ぎ澄まされし青薄 月出て銀波と変わる薄原 秋高し図書館に通う脚軽き 寒雀窓辺に来ては目をあわす 風呂吹きや厚みを通す白さかな 花束の中より散らばる実千両 (回想句より) 白浜を逃げる子蟹を口に入れ 山に雨間をおかずして川は溢る 看取る友最後の叫びに母と言う マラリアの発熱ひどく歩かれず 歴史の記録とともに、心に残る句集を読ませていただきありがとうございました。(2005 08/20)
⑤池田多津子 「翔ける」という句集の題名がぴったりの平田さんの人生だと、まず感じました。句集の中に中学・高校時代 に「歴史」で学んだ史実があります。日本の激動の時代を生きてこられた「生きる」ことの重みがあります。そ う思って今の平田さんの俳句を読むと、また少し違ったものに感じられます。戦争を知らないわたしですが、戦 争について生の声を聞いてしっかり記憶に残しておきたい、そして伝えていきたいと思います。平田さんの俳句 、特に回想の俳句には心打たれます。「ニューギニア戦線12句」に当時の様子を垣間見ました。厳しい生活を してこられて、今がある。今詠まれる俳句に、過去のさまざまな思いが生きている、そう思います。ぜひ残して おきたい貴重な句集だと思います。 特に心に残る10句をあげさせていただきます。 ☆ 出発の間際の高熱の教え子をテントに引き取る 看取る友最後の叫びに母と言う 激戦地ではありふれた場面なのかもしれません。ニューギニア戦線を「精神的に苦痛な戦い」と述べられて いますが、死んでいく人の無念さ、それ以上に看取る作者の無念さを想像します。人の心さえゆがめてしまう戦 争の無惨さを忘れてはならないと思います。 ☆ 節々に小さき緑の木の芽吹く 木の節のどれにもある小さな芽吹きに、木の伸びようとする勢いを感じます。また、そのすべての芽吹きを 優しく見つめる作者がいます。 ☆ 萍や飄々として水清め 水面に静かに浮かぶ萍。風が吹けば風に流れ、波のままに揺れてはいますが、その自然の力に逆らわない姿 に、人としての生き方を考えます。飄々と「清める」姿に心惹かれます。 ☆ 鳴るまでを草笛替えて吹き続く 根気強く、また、楽しみながら、草を取り替えては何度も吹いてみる。ゆったりとしたいい時間が過ぎてい きます。きっといい音で鳴ったことでしょう。 ☆ 敗戦日迷迷として生選ぶ 「終戦日」でなく「敗戦日」「迷々」でなく「迷迷」に、作者の深い思いを感じます。わたしには到底思い 及ばない心境だと思いますが、迷った末に生を選んだ作者の心の強さが胸に迫ります。 ☆ 箱根千石原 月出て銀波と変わる薄原 一面の風に揺れる薄原が、月の出とともに銀色に変わります。しばらく眺めていたい美しい風景です。 ☆ 寒雀窓辺に来ては目を合わす 窓辺にやってくるふっくらとした寒雀がかわいいです。その様子を優しい目で見ている作者。「目を合わす 」が微笑ましく、心安らぎます。 ☆ 麦の芽の活けて鋭気の穂先かな 活けられた麦の穂先がぴんと立っている様子に、麦の生きる勢いを感じ、人もこうありたいと願います。 ☆ 小春日や車椅子ごと日向ぼこ 車椅子もいっしょに日向ぼこ。ものみなすべてもろともに、という広い豊かな心を感じ、うれしくなります。 ☆ 炭継ぎて年輪に見る火の進み 新しい炭を入れると、その炭がゆっくりと年輪を浮かび上がらせて赤く燃えていく。ご自身のこれまでの人 生を重ねられて、今の平和な時間をかみしめておられる、そんな気がします。 水煙を通して、平田さんの生き方に少しだけですが、触れることができたことを感謝します。今度お会いでき たら、ぜひお話を伺いたい、そんな思いでいっぱいです。ありがとうございます。(2005 08/19)
⑥甲斐ひさこ 平田弘様 句集「翔ける」のご出版おめでとう御座います。 句歴も浅く戦争の記憶は無いに等しく平和な時代を生きてきました、こんな私が、あつかましく句集「翔ける」 で夏休みの課題の勉強をさせて頂きます。失礼な言葉など多々あることと思いますが、どうかお許しください。 句集の中から特に心に残った句を挙げさせていただきたいと思います。 (好きな句) O千切りの日向の香り母の味 O干草の日向の温み馬包む O枇杷の種蒔く子の夢の遥かなる やさしい日差しと作者の優しい眼差しを感じる好きな句です。 O鳴るまでを草笛替えて吹き続く Oあせらずに只ひたらに田草取る O蓮根掘る節を連ねる逞しさ 作者は真面目で正確で根気強い人柄であろうと思われます。 「蓮根掘る節を連ねる逞しさ」では蓮根の連なるまま見事な蓮根を掘られたことでしょう。 O花束の中より散らばる実千両 O木の独楽の色鮮やかに回りだす O秋高し図書館に通う脚軽き ぽろぽろとこぼれた千両の実の赤、くるくる回る独楽の彩、澄み渡る秋空の青、日常の一コマを色鮮やかに美し く詠まれていて心が和みます。 O山葵田の水清ければ音も澄み O梅林の透す日差しが空の色 O高曇り梢の色に春兆す 写生句には透明感があり清々しい情景が思い浮かびます。 O敗戦日迷迷として生選ぶ ずしりと心に残る一句です。 回想句 ニユーギニア戦線十二句より五句 O白浜を逃げる小蟹を口に入れ O露営地を夜中に通る鰐の跡 O迫る死期明日はわが身と黙礼す O山に雨間をおかずして川溢る O看取る友最後の叫び母と言う 一句一句に戦地での飢えと恐怖の日々の様子があり胸が痛みます。二度とあってはいけない戦争の貴重な記憶と して、今後も読み返していこうと思います。(2005 08/23)